IE9ピン留め

日本へ

今晩のカンタス便で日本へ戻る。

今日もまたシドニーはさわやかに晴れ渡っている。雲ひとつ浮かんでいない。

大海と起伏に乏しい陸地しかないから、きっと大気の流れが平坦なんだろう。日本のように狭い国土に急峻な山脈や入り組んだ海岸線や盆地がない。

こういう土地で暮らしていると、人間もおおらかになるのだろうな。明日の天気が心配で眠れないなんてことはないのかもしれない(日本でも最近はない?)。

空を流れていく雲に思いを乗せたり、季節毎の雨や風や湿度の微妙な違いを感じたり、という文化がやっぱり僕は懐かしい。そんな日本の文化にあったケアのあり方というものが当然あるはずで、僕達はこれからそれを探しながら歩んでいく。それは決して外にあるのではなく、自分達の中に見つけるもの。

多分これが最後の記事です。

日本へ戻ります。

# by childpal | 2009-03-22 08:40 | Sydney 

シドニーの風景

研修が終わり、後は日本へ戻るだけとなった。

ホテルの部屋で今回の研修内容をまとめながらも、気分転換に時に外へ出て市内を散策している。シドニーは今日も素晴らしい天気である。

写真は上から順番に、ニューサウスウェールズ州立美術館、ハイドパークと聖メアリーズ大聖堂、シドニータワーから見たポートジャクソン湾




# by childpal | 2009-03-21 09:16 | Sydney 

絵本の寄贈 Japanese picture books

週末にシドニーで買った日本語の絵本を、昨日Judyにお礼の気持ちとして渡した。Book Bunkerに置いてもらいたいという僕の希望とともに。

僕としては後でJudyが持って行ってくれればそれでいいと思っていた。でもJudyはその場で1冊ずつ「これはどんな話?」と聞く。そして「後でミーティングの時に持っていって、皆にプレゼントをもらったことを伝えるわ。その後に一緒にBook Bunkerに行きましょう。」と言う。

そして実際にミーティングの後、僕はJudyに連れられてBook Bunkerへ行き、ボランティアの方々へ絵本をお渡しした。それですぐに戻ろうとしたのだが、担当の方がやはりこれはどんな話で何歳向けかと聞いてくる。それに答えている間に別の方が僕への礼状を準備していた。

「連絡先も教えて下さる?」といわれるのでメールアドレスを書いて、ようやく僕のささやかなDonationが終わった。

それにしてもどんなわずかな寄付も公平にかつ丁重に扱われるこの国の文化は、やはり一朝一夕に出来上がったものではないと思った。

ちなみに寄贈した絵本は以下である。
「いもうとの にゅういん」 「きいろいのは ちょうちょ」 「きんぎょが にげた」
「おおきくなるって いうことは」 「そらまめくんのベッド」 「もけら もけら」

# by childpal | 2009-03-20 18:40 | Westmead 

ウェストミード小児病院 緩和ケアチーム

今回の研修でお世話になった方達のことを、感謝の思いとともに記しておきたい。

Dr. John Collins
 ウェストミード小児病院のPain&Palliative care serviceのHead。この人が10年前にウェストミードへ来てすべてが始まった。ちょっとお茶目な部分もあり、チームメンバーに信頼され好かれている小児科医。

Dr. Amanda Fernando
 多分インド出身の女医さん。Palliative careチームのFellow。何度も一緒に病棟を回らせてもらったし、在宅へもBear Cottageへも一緒に行った。本当は早口なのに僕にはゆっくり話してくれたので、とてもわかり易かった。「Johnが忙しくて自分は自己流になってしまっている部分もあるから、気がついたことは言ってね。」といつも言っていた謙虚な方。

Dr. Kim Epino
 フィリピンから来ていたPainチームのFellow。Acute Pain Roundで何度か一緒に回った。口数は多くないけれどいつもアジア的な微笑みを浮かべている女性。7月に1年の期間を終えてフィリピンに戻って子どもの緩和ケアチームを立ち上げるのだそう。同じアジアの国だからまた連絡を取り合いましょう、と言ってくれている。

Judy Frost (CNC, Palliative care)
 何といっても一番お世話になったで方である。Palliative careチームの看護師として獅子奮迅の働きをしていたが、僕のような訪問者の研修についてもすべてを統括していた。自分のオフィスを使わせてくれたし、僕の色んな希望を聞き各部門との調整もしてくれた。底抜けに明るいオージー(と思ったらニュージーランド出身だった)で、とにかくこの仕事がやりたくてここへ来た、と言っていた。

Julie Greathouse (MSW)
 Palliative careチームのソーシャルワーカーとして、極めて重要な働きをしていたのがこの人。病棟の回診にも在宅にも、そしてBear CottageにもいつもJulieの姿があった。落ちついた態度で患者さんのご家族の話を聴き、社会的な問題だけではなく精神的なフォローもされていた。

Helen Keogh (Play therapist)
 Palliative careチームの専属のプレイセラピスト。主な仕事は在宅でのケアだが、入院中の子ども達やその兄弟達のケアも行っていた。いかにもプレセラピストといった雰囲気の素敵な方。

Lyn Lane (Nurse Practitioner, Pain service)
 Painチームの看護師として、主には外来でJohnと仕事をしている。僕はAcute Pain Roundで何度か一緒に回ったことがある。いつも気を配っている話好きなおばちゃん、といった雰囲気の人。僕が困っている様子を察するとすぐに声をかけてくれて助かった。

Natasha Haynes (CNC, Pain service)
 PainチームのCNCで、看護職の中では多分一番の若手。毎日Acute Pain Roundで患者さんを診て回る。麻酔科の医師は当番制のようで日々変わるので、彼女がすべてを把握してコントロールしているようだった。

この他にAcute Pain Roundでは、Dr. Jonathan de Limaを初め何人もの麻酔科のDr達にここでのPain managementについて教えていただいた。

腫瘍部門のDr. Luciano Dalla Pozzaと、骨髄移植部門のDr. Peter Shawは、それぞれに時間をとってくれ、僕の質問に丁寧に答えていただいた。Dr. Luciano Dalla Pozzaからは白血病の初診時に家族に渡すセット一式を、Dr. Peter Shawからは家族のグリーフ・ケアに関する論文をいただいた。

その他、教育の仕事を始めたという看護師のCatriona McLean、ソーシャルワークの学生さんのRachel、そしてBear CottageのHospice Manager、Office Manager、看護師の方々、プレイセラピスト、ボランティアの方々。

わずか2週間の短い間に、こんなにも多くの方々から親切にしていただいた。どうしてそんなに親切にしてくれるのか、こちらが不思議に思うほどだった。

僕の感謝の気持ちは、英語力不足のためにひょっとしたら十分に伝わっていないかもしれない。日本からのお土産として、絵本をBear CottageとBook Bunkerへ寄贈させてもらったし、Bear Cottageにはほんの気持ちだけだけれども寄付もさせてもらった。

でも最も大事なことは、戻ってから僕が日本の子ども達のためにきちんと仕事をすることなのだと思う。

# by childpal | 2009-03-20 09:13 | Westmead 

ブロンズ像に込められた思い

ウェストミード小児病院の正式な名称は"Royal Alexandra Hospital for Children"という。

設立されたのは130年も前の1880年になる。当初は"Sydney Hospital for Sick Children"と呼ばれ、場所はGlebe Pointというところににあった。その後1906年にCamperdownへ移転し、1995年に今のウェストミードに移るまでの89年間もの長き間、この小児病院はCamperdownで子ども達の治療を行ってきたのである。

20世紀も最後の4半世紀になってようやく小児がんも治癒を期待できる病気になった。しかしそれまでは白血病を含め、小児がんは不治の病であった。この小児病院でも沢山の子どもが亡くなっていった筈である。子ども達が病を持ちながらも精一杯に生きた、まさにその場所である病院が移転する。自分の子どもを亡くした親達にとって、それは一種複雑なニュースだったのではなかろうか。

移転の切っ掛けはCamperdownの病院自体が手狭になったためであるが、シドニーの西部の人口増加に対応するため、何よりもよりよい治療とケアを子ども達に提供できる体制を整えるためである。住民にとってこれ程望ましいことはない。

あのブロンズ像には、親達のどんな思いが込められているのか。

親達は思ったのではないか。子ども達の思い出を、いずれ死に行く自分達の記憶の中だけではなく、形あるものとして残しておきたいと。それも単なる思い出としての像ではなく、子ども達の闘いを称え、そして一緒に未来を見ていく象徴としての像を。

# by childpal | 2009-03-20 08:50 | Westmead 

シドニー 洗練された美しい街並み

シドニーが美しいのはオペラハウスやハーバーブリッジ等の遠景だけではない。歩いていても美しい緑と建造物が楽しめる街である。

街を歩いていて思わず撮った写真をアップしておく。

# by childpal | 2009-03-20 08:20 | Sydney 

キャンパーダウン病棟 Camperdown ward

ウェストミード小児病院の病棟には色んな名前がついている。

日本では大抵は4階東病棟とか、それとも学童内科病棟と呼んでいる。欧米では人の名前が付けられていることが結構あるが、それは功績のあった医師だったり、多額の寄付をされた方の名前だったりする。

ウェストミード小児病院の小児がん病棟は"Camperdown ward"という名前である。僕はその由来を特に気にしてはいなかった。

今日の帰りに僕はいつもとは違って東側の出入口から出てみた。するとこれまでは気づかなかったのだが、そこから延びる通路の真ん中に2人の子どものブロンズ像が置かれている。多分姉と弟だと思われる、女の子と男の子が手をつないで楽しそうに遊んでいる像である。そして何気なく台座の文字板に視線を落とした時、僕の意識はそこに書かれている文に吸い込まれていった。僕は像の前に座り込み、何度もその詩を読んだ。"Camperdown"の意味がわかった。この小児病院がここウェストミードへ移転してくる前にあった場所の名前だったのだ。

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STATUE OF REMEMBRANCE

REMEMBER OUR PRECIOUS CHILDREN,
THEIR GREAT STRENGTH AND ENOUMOUS LOVE,
THEIR STRUGGLES, THEIR TRIUMPHS AND THEIR TRAGEDIES.
WE BRING THESE MEMORIES WITH US FROM CAMPERDOWN
AND REST THEM GENTLY HERE.
TOGETHER WE LOOK TO THE FUTURE.
THEY ARE OUR CHILDREN.
*******************************************************

決して忘れることはない 私達のいとしい子ども達を
子ども達の偉大とも思える強さを そして計り知れない程の愛を
子ども達の頑張った姿を 子ども達の勝利と そして悲劇を
私達は子ども達の思い出を あのキャンパーダウンからここへ一緒に持ってきた
そして静かにここに休ませる
子ども達は私達と一緒にここで未来を見る
彼らこそ 私達の子ども達


何と美しい詩であることか。子ども達への愛と誇りと、そして希望にも満ちた。
いつまでも彼らを忘れないという決意とともに、この像はここにあり続けるのだろう。


# by childpal | 2009-03-19 19:09 | Westmead 

プレイ・セラピスト Play therapist

オーストラリアのプレイ・セラピストのことを書いておく。2週間前のチャイルド・ライフのワークショップをさぼった罪滅ぼしに、ということでもないが。

ウェストミード小児病院の緩和ケアチームに所属しているプレイ・セラピストのHelenと一緒に在宅ケアに行ったことは昨日書いた。その時にHelenからここには全部で10人のプレイ・セラピストが働いていると聞いたので、北米ほどではないにしろ、やはりオーストラリアにはそれに近い程度で浸透しているのだと思っていた。

今日は先週に続いてまたベアー・コテージに行ったのだが、そこに10人のプレイ・セラピストのうちの1人が配置されている。その方と少しだけ立ち話をした。

聞き間違いかと思ったぐらいだけれども、オーストラリアにはプレイ・セラピストは40人しかいないそうである。つまりウェストミードに10人いて、それ以外にはシドニー小児病院とメルボルン小児病院に数人ずついて、これらの小児病院だけで全体の半数近くを占めている。その他はいくつかの病院に少人数ずついるだけだそうである。

やっている仕事は僕が見ている限りはチャイルド・ライフ・スペシャリストと全く同じである。今日のカンファレンスの際にその違いについて何だか話題になっていたけど、大事なところがよくわからなかった。「実務上は大きな違いはないし、名前だけのことだよね」、みたいな感じの結論になったように聞こえたけど。

資格の詳細については聞けなかったが、少なくとも教育はオーストラリアで受けられるらしい。何故チャイルド・ライフ・スペシャリストではなくてプレイ・セラピストなのかについては、その経緯を調べてみればわかるだろう。まあわかっておく必要性はそれほどないけれども。


←ベアー・コテージがあるManlyの美しい浜辺

# by childpal | 2009-03-18 18:52 | Westmead 

子どもの在宅ケア Home visit for children

先週キャンセルになってしまった在宅ケアに、今日は同行することができた。

在宅ケアは始めたい仕事の重要な一つなので是非とも見ておきたかったのであるが、とにかく以下に書くように驚くことばかりであった。

1.今回の訪問先は病院から70km程の距離にある。車で高速道路を使って行ったのであるが、約1時間20分かかった。それで患者さんの自宅に1時間いて、また1時間20分かけて戻ってくる。1人の患者さんの訪問だけで4時間をかけている。訪問した人員は僕を除いて医師1人、MSW1人、プレイセラピストが1人である。看護師のJudyが今日は行けなかったのであるが、看護師も行けば総勢4人である。

採算などということは、現場の医療者は全く考えていない。考えているのは子どもと家族の利益だけである。

2.プレイセラピストのHelenは主な仕事が在宅でのケアなのだそうである。信じられない。在宅ケアが専門のプレイセラピストが配置されているとは。聞けばウェストミード小児病院全体にプレイセラピストは10人いるそうである。

やっぱり考えているのは子どもと家族の利益だけである。

3.一番驚いたのは疼痛コントロールである。今回訪問した患者さんは6歳の男児で、病気はロイコジストロフィーという遺伝性の酵素欠損病である。精神および身体発達の遅れがあり、寝たきりで栄養は胃ろうからの注入に頼っている。機嫌がいい時は笑顔が見られるが、表情や発声、体動で苦痛を評価するしかない。極度の側湾があって心肺機能が悪い。

そのお子さんにデュロテップパッチで疼痛コントロールが行われていたのである。側湾がひどいので、かなりの痛みを伴っているという判断である。事実として始めてから機嫌が良くなって、夜も眠られるようになったのだそうだ。体重が小さいのでパッチは一番用量の小さいものを1/4に切って使っていた。

これは日本では絶対に不可能な方法である。認可されていないし、医者も家族も使うことを認める人はまずいないのではないか。

僕達は今ここで立ち止まって、自分達がこれから何を大切にしていくのかをとことん考え、話し合っていかなくてはならない。

# by childpal | 2009-03-17 19:36 | Westmead 

慢性疼痛外来 Chronic Pain Clinic

毎週火曜日と木曜日の午前中に、Johnは慢性疼痛外来を開いている。

術後疼痛などの急性疼痛ではなく、癌性疼痛をはじめとした慢性疼痛を診る外来である。僕が見学をさせていただいた日は数人の患者さんが受診されていた。(数がはっきりしないのは、僕が途中から見学させていただいたから)

この外来に紹介されてくる新患患者さんは週に1,2名と少ない。慢性疼痛は特に社会的、心理的な問題が絡んでいることが多く、背景をしっかり把握するためにも人数を増やすことは難しいという理由である。

スタッフはJohnの他に、Nurse PractitionerのLyn、FellowのDr. Kim、臨床心理士、PT等である。

僕が見学させていただいた日は、その前の週のAcute Pain Roundで丁度みた骨肉腫の下肢切断後の幻視痛患者さんが初回の外来で来ていた。患者さんに初めに話を聞いた後に、一旦診察を中断して後でまた戻ってきてもらうように伝える。その間に別室でスタッフ全員で方向性を話しあっていた。

その話し合いでは、まず幻視痛への薬剤の検討だけではなく、PTが介入すること、心理士も介入すること、本人の希望があればPeer counsellingの機会も提供すること等が話しあわれた。

このように情報を全員で共有した後に、また患者さんとの面談に戻るのである。

非常に時間をかけた決め細やかな対応にただただ感心した。日本と違って入院期間が短いこともあるから、これ程度の時間をかけた診察がやはり必要なのだろう。でも日本で同じことができるだろうか?


←ここは精神科部門の廊下。他のエリアとは違った雰囲気で静かな空間。

# by childpal | 2009-03-17 19:35 | Westmead 

生後1ヶ月の男児の治療中止

子どもが治ることのない病気だとわかった時の両親の反応について。

もちろん一概に言うことはできなくて、ご両親の考えは全く様々である。病気の種類やその時の年齢、現在の状態(苦痛がどの程度なのか)はもとより、今後の見通しも影響してくる。国民性というか文化というか、宗教も関係してくることも当然あるだろう。他に子どもがいるかとか、身近な人を亡くした経験があるかとか、それはもう多くの要因が関わってくる。

月曜日に新たな患者さんが緩和ケアチームにコンサルトされた。生後1ヶ月もたっていない男児で、もとに尿路の形態異常があって尿路感染を合併し、敗血症から脳膿瘍に発展してしまった。閉塞性の水頭症もあって姑息的に外シャントがおかれていた。ご両親はこれ以上の治療を望まず、緩和ケアを希望されているとのことで紹介があったのである。

緩和ケアチーム(医師、看護師、MSW)とご両親の面談に僕も同席をさせていただいた。ご両親は担当医師からの説明をよく理解されていて、この上に手術をしても苦痛を長引かせるだけなので、後はなるべく静かに見守っていきたい、という希望を明確に言われた。お父様が主に話されていたが、お母様も同じ考えであるとのことだ。

緩和ケアチームとしては、ご両親の病状理解が十分なこと、2人の間に食い違いがないことを確認した上で、緩和ケアについて説明し、今後の療養場所の相談をしていくことにして面談を終了した。

その後に部屋へ僕も顔を見に行ったのだが、本人は穏やかな表情をしていて目をしっかり開けている。栄養状態がよくないために一層目だけがギョロっとしていて、でもそれが必死に生きようとしているようにも見えて健気だ。

確かに予後が極めて不良であることは、医者である僕にはわかる。でもその顔をみていてこのまま何も積極的な治療をしないという決断は、少なくとも日本ではまずする親はいないのではないかと思う。

このような決断をする親は確かにオーストラリアでもほとんどいなくて、全く稀なケースだとJudyも言っていた。それにしても僕の理解の範囲を超えている。悪性腫瘍だとか、意識レベルがもっと悪いとかなら理解できるけど。

この違いはどこから来るのだろうか。ご両親はクリスチャンらしいけれど、安易に宗教に答えを求めるのも何か違う気がする。


←家族を支える色んな仕組みが用意されている

# by childpal | 2009-03-17 17:54 | Westmead 

Allow Natural Death (AND) 自然の経過を見守る

英語圏では、DNRという言葉の与えるニュアンスが議論になっているらしい。僕は知らなかったけれど。

DNRという言葉は、"Do Not Resuscitate"のNOTが強すぎて、「何もしない」という印象を与えてしまうことがある。それで"Allow Natural Death"という言葉を使おうという考えが出てきているそうだ。略すとANDとなって、確かに「そして次に」というような肯定的なニュアンスをかもし出す。ただこの言葉がDNRと全く同じ内容を伝えているのかどうか、という議論はあるとのことである。

日本ではDNRという言葉を家族に言うのではないから英語圏と全く同じ問題には発展しないけれども、ただ似たようなことは考えたほうがいいのかもしれない。

説明する時に「蘇生処置をしない」というだけだと、やっぱり見捨てられ感を感じる人もいるだろう。「自然の経過を見守る」のほうが暖かさを感じさせていい。

振り返ってみれば、実際にはそう説明している医療者が多いのではないか。でもどんな言葉を使うべきかという議論は、日本ではまだ始まっていないと思う。これも僕が知らないだけ?

# by childpal | 2009-03-16 17:54 | Westmead 

移植患者さんの疼痛コントロール Pain management for BMT patients

今日もAmandaにくっついて、移植患者さんの症状緩和を見させてもらった。

先週の木曜日には移植患者でフォローしているのはAMLの女児だけだったが、今日は再生不良性貧血で金曜日に骨髄移植が行われた8歳の男児が加わっていた。

彼は1月に診断が確定した重症の再生不良性貧血で、HLA一致の兄弟から骨髄移植が行われた。輸血回数が少ないこともあり移植前処置は大量エンドキサンだけである。GVHD予防は型どおりのMTXとシクロスポリンで行われていた。

訪室すると本人はいたって元気である。表情がちょっと冴えないようにも見えたが、それは宿題をやっていた、というかやらされていたためかもしれない。

エンドキサンだけだし多分この元気さでいけるのではと僕はその時に思ったのだが、先週からもうモルヒネのPCAが導入されていた。

いくら何でも早すぎないか?

でも日本からちょっと見に来ただけの医者が議論をふっかけるのもと思って、今日のところは何も言わなかった。議論するだけの英語力がないし、第一どっちかが正しい、という問題でもない。

# by childpal | 2009-03-16 17:34 | Westmead 

週間スケジュール Weekly schedule

ウェストミード小児病院の緩和ケアチームの週間スケジュールを書いておく。

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月曜日 9時半からミーティング(患者さんの申し送りも含め)
火曜日 午前中 Dr. CollinsのChronic pain外来
水曜日 9時からBear Cottageでカンファレンス
木曜日 午前中 Dr. CollinsのChronic pain外来
      11時半から多職種ミーティング(抄読会、報告も)
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定期的に行われている業務は大体以上である。
空いている時間はPalliative care teamがroundを行い、それとは別にAcute pain roundが毎日午前中をかけてPain teamによって行われている。

新たな患者さんのコンサルテーションがあれば可能な限り迅速に対応し、また必要に応じて随時ご家族との面談が入る。週に1回は在宅ケアに出かける。

およそこんなスケジュールで動いている。320床の小児病院で、色んな部門からコンサルテーションがある割りには少ないスタッフでこれだけの業務をこなさなくてはならない。

予想していたよりは忙しくバタバタしている印象である。やはりオーストラリアでも成人と小児ではかなり忙しさの種類が違うようだ。


←壁一面にカラフルな絵が描かれている画像診断部門の待合室

# by childpal | 2009-03-16 17:04 | Westmead 

Baby steps

本当にそんなに前から、僕は「小児緩和ケア医」になろうとしていたのだろうか。

こちらで僕は会う人毎に、「これから日本で小児緩和ケアを始めるので、オーストラリアに研修に来た」と自己紹介をしているのだが、言う度に「本当にそう考えてきたのか」、「体裁を取り繕っているだけではないのか」、と自らに問う。

多分がんセンターを辞職する時には、まだその方向はおぼろげにしか見えていなかった。その後少しずつ恐れつつ歩んでいる間に、自分の目指しているものはこちらにあるのではないか、という確信に近い思いを持てるようになってきただけのこと。

「時間がかかるよ。」

ベリー・スペシャル・キッズのMs. Andreaにも、もちろんWestmead小児病院のDr. Collinsにも同じことを言われた。中でも一番印象に残っている言葉は、フィリピンから来ているPain teamのフェローのDr. Kimの言ったことである。

" It's like baby steps"

彼女の言いたいことは、時間がかかるということだけではないのだろう。

不安定だからあまり大きく踏み出すな。慎重に足元を見ながら歩め。ひょっとしたら転ぶかもしれないよ。

多分彼女はそんな意味を込めて、僕に言ったのだと思う。同じアジアの国で、戻ってから小児緩和ケアを立ち上げようという仲間として。

# by childpal | 2009-03-15 15:23 | Westmead 

行かなければわからない That's the reason why I will go

初めて訪れる街を1人で目的を持たずに歩き回ることが好きである。

いくら事前にガイドブックを読んでいても、Google Mapでその当たりの景色を見ていたとしても、その場にいなければわからないことが必ずある。ガイドブックにはより多くの人が興味を持つであろうことしか書かれていない。地図からは温度やざわめきは伝わってこない。何より僕が何に興味を持つのかは、当の自分ですら行かなければわからないのだから。

ホテルを出るときには決めていなかったが、観光客の流れに乗って歩いているといつの間にかハーバーブリッジの方へ向かっていた。橋を渡りきるには暑すぎたので、僕はpylon lookout(塔門展望台)に上ることにした。

入り口まで少しだけ塔門内の狭い階段を上るのだが、その踊り場毎にそれぞれ言葉が記されていて、それが僕にはとても興味深かった。この文を書いておこうと思ったのは、それを残しておきたかったからである。

順に書くと、以下のようになる。

BUILDING SYDNEY HARBOUR BRIDGE
        ↓
A NEW FORM IN A NEW ERA
        ↓
COMPLEX TASKS SIMPLE TOOLS
        ↓
BLOOD SWEAT AND FEARS


何を感じたかはおわかりかもしれないが、最初の"Harbour bridge"を"Paediatric Palliative Care"に置き換えてみたりしていた訳である。最後の言葉は大げさに過ぎるけれども。


時代はいつも新しい。そしてその先に何があるかは、行ってみないとわからない。
だから人は行くのである。どこまでも。

# by childpal | 2009-03-15 14:10 | Sydney 

北の空の太陽 The sun in the north sky

子どもの頃から地図を見るのが好きだった。高校では地図好きが高じてということでもないが、山岳部へ入ってしまったので、さらに地図を見る(というか読む)習慣がついた。

知らない街を地図を見て歩く時は、当然のことながら方角を知る必要がある。昼間であれば太陽の方向、つまり影の延びている方向をみて判断する。それが迷わずに目的地へ着く最小限の条件である。

今日の午後、また外出好きの虫が出てきて、ハーバーブリッジからロックスまで散歩をしてしまった。とてもいい天気で、少し暑かったけれども風は心地よかった。家族連れや若いカップルでシドニーの街は賑わっていた。極ありきたりの平和な休日の情景である。

でも僕はどこかに違和感を覚えた。

僕は今、ハーバーブリッジをノースシドニーへ、つまり北へ向かって歩いているはずなのに、太陽の光が正面から僕を射るのだ。

そして初めて「ここは南半球だった」と思い至ったのであった。

それだけのことだが、するとオーストラリアの人達は「北」に寒いとか寂しいというイメージを持っていないのだろうなあ、と思った次第。「北日本」という言葉の持つイメージを(ちょっと偏見があります。御免なさい。)、ひょっとしたらオーストラリアの人達はタスマニアなんかに持っているのかな。


←ベイブリッジのpylon(塔門)から見たノースシドニー

# by childpal | 2009-03-15 13:37 | Sydney 

カラフルなデザインの出版物

欧米の出版物はたとえそれがお堅い内容のものであれ、かなりカラフルで読みやすいように工夫されている。僕が関心を持つのは特に小児医療に関連しているものだから尚更そのように感じるのかもしれないが。

今回の研修中に各施設から色々とパンフレットや報告書をいただいた。いくつかを写真にとったので紹介しておく。



←ベリー・スペシャル・キッズでもらったパンフレット類。右は昨年度の年報。






←左は小児病院でもらった「小児がん患者の緩和ケアに関する実践的ガイド」で、右はビクトリア州政府が出した「難病児のケアに関する州の方針の刊行物」




このような出版物をみていて、もちろん内容自体も素晴らしいのだけれど、何よりも読みやすいものでなくてならないという信念を感じる。

今回の研修については帰国してから当然だが報告書を提出する。多分どうしても内容は硬い印象を与えるものになるだろう。それよりはひょっとしたらこのブログのほうが多くの人に興味を持って読んでもらえるのではないか。

書き始めてから少しずつ反響もいただくようになった。こちらでのことはすべてこちらにいる間に書いておこうと、今日は覚悟を決めて1人PCに向かっている。

# by childpal | 2009-03-15 08:34 | Melbourne 

寄付の習慣

オーストラリアですでに何ヶ所かの病院を見せてもらった。そしてどこの病院でも寄付を集めるのが大変な仕事だという説明を聞く。

街中を散策していると、確かに寄付を呼びかけるポスターが目につく。僕が気にしているからという一面もあるだろうが、でも日本ではそういう記憶はほとんどない。

バララートのケンタッキーにはレジのところに、「脳腫瘍協会(とでも訳すのかな?)」への寄付を呼びかかるパンフレットがあったし、メルボルンのCity Circleという無料で乗ることができる路面電車にはどの車両にもメルボルン小児病院への寄付の案内と寄金箱が備えられていた。


オーストラリアの小児医療はこのような寄付によって成り立っている一面が確かにある。そしてそのために相当の努力が成されているのも事実である。

でも努力といっても、社会そのものの豊かさがあってこそ結果が期待できるのであって、どこの国でも可能なことではない。日本ではこれからどうしていくのだろうか。そしてさらに貧しいアジアやアフリカでは。

# by childpal | 2009-03-15 08:13 | Westmead 

食事のこと Meals

オーストラリアでの研修も残り1週間になった。始まった頃は1日1日が長く感じたものだが、このところは時間が経つのが少しばかり速く感じられる。

食事のことを書いておこうと思う。

朝食はほとんどの日は、前日にコンビニかスーパーで買ってきておいたサンドイッチに果物、ヨーグルトで済ませている。何といっても高級ホテルに泊まっているので、ホテルでビュッフェ形式の朝食を食べると2000円以上もする。もともと朝はそんなに量は食べない。

昼食は病院で食べるので、これまたサンドイッチが多い。お昼頃にカンファレンスがあると、その場にちょっとした食べ物があることも多いので、それで済ませてしまったことも何度かあった。こちらの人たちはその後にもしっかり食べているけれど。

夕食はほとんどの日は1人で食べることになる。バララートでは着いた日の夕食をDavidの自宅でいただいたことと、一緒にメルボルンの会議に行った帰りにマックに立ち寄ったことはあった。シドニーに来てからは火曜日の夜にJudyさんが僕とMikiさんをBondi beachに連れていってくれ、海岸通のレストランでこの夜ばかりはちょっと奮発してシーフードを食べた。

他の日には自分で街を歩いて、一人でも入りやすそうなところを見つけている。バララートではあまり選択肢がなかった。イタリアンレストランと中華料理屋さん、一度はケンタッキーでも食べたかな。

メルボルンとシドニーにはもちろん沢山のレストランがある。ガイドブックには有名レストランが沢山載ってはいるが、もともとそんなに味にうるさい訳ではないし、第一1人では入りづらいものである。結果として、フードコートで食べるか、やっぱり中華料理、韓国料理、タイ料理などのレストランに入ることになる。

フードコートは街中にはいっぱいある。規模が大きいものが多く、なかなか便利である。日本のイオン等にあるものとよく似ていて、真ん中にテーブルが置いてあって好きな店で買ってそこで食べるのである。大体は日本円にして600~800円で食べられる。円高のおかげ。

この場合の店員さんとの会話はパターンが決まっている。

僕が料理を指で示して、
"This one, and this."と適当に言うと、
"Eat here, or take away?"と聞いてくる。
"Here."と言うと、
今度は"Anything to drink?"となる。
コーヒーが飲みたければ"Long black, please."でいい。

これだけ知っていれば何も困らない。ちなみにこちらのカプチーノは結構おいしくて、皆はカプチーノを好んで飲んでいるみたい。


←近くのマイヤーというデパートの地下へ行って、ブログに載せるために写真を撮ってきてしまった。

# by childpal | 2009-03-15 07:33 | Sydney 

ブルー・マウンテンズ Blue mountains

週末は体を休めるのではなく観光に行って頭の休息をとるようにしている僕である。言い訳にしか聞こえないかもしれないが。

そんなことで、今日は多少の後ろめたさを引きずりながらも(これも言い訳?)、実は意気揚々とブルーマウンテンズへのツアーに参加した。

午前中は曇っていて、だから一層のこと雲上に浮かぶ太古の大地が幻想的な光景を見せていた。


←これが有名なスリーシスターズ!

# by childpal | 2009-03-14 20:21 | Sydney 

退院祝いのパーティー Farewell party

この1週間色んな方々に紹介してもらい、彼らは何かと僕を気にかけてくれる。

「今日はね、退院祝いのパーティーをしているのよ。」とNurse practisionerのLynさんが言う。昨日のお昼頃だったか、廊下を歩きながら彼女がそんな話をしてきた。

当の患者さんはというと、17歳の女の子で脊髄腫瘍だそうである。詳しいことは聞き取れなかったが、精神的な問題もあってなかなか治療を受け入れなかったらしい。そこへ彼女を初め色んなスタッフが介入して、ようやく化学療法が始まり今回何とか退院までこぎつけたということのようである。

その患者さんの入院期間が異例な長さだったらしく、とにかく皆良かったなって思っていると言う。

当然のごとく僕は聞く。「どれぐらい入院していたんですか?」
彼女の答えは、「4ヶ月も!!」

日本の入院期間を言ったら驚くだろうなあ。


←Book Bunkerにあるソファー

# by childpal | 2009-03-14 19:49 | Westmead 

葬儀への参列 Funeral

移植チームのDr. Shawと話をしていて、葬儀の話になった。

腫瘍チームと移植チームに分かれてから、めっきり葬儀に参列する回数が減ってしまった、ということを複雑な表情で言うのである。移植合併症で亡くなる場合は別だが、子ども達は移植後の経過が落ち着けば腫瘍チームへ戻るのである。なのでその後に再発して亡くなる時は腫瘍チームが看取ることになる。

前述したように、かなり遠方からも子ども達はこの病院へ来ている。葬儀に参列することもかなりの負担になるはずである。それで、「子どもが亡くなった時には、大抵は葬儀に参列されるのですか?」と聞いた。

すると彼は次のように語るのである。

・家族にとって我々が葬儀に参列することが、その後の長い時間をグリーフを抱えて生きていく上でとても大事なことである。だから我々は原則としてすべての子どもの葬儀に参列するようにしている。だから今では腫瘍科のDr. は年間に10数回も行っていると思う。
・病棟の看護師も参列するが、子どもによって差が出ないような配慮をしている。
・どうしても行けない時は後で自宅を訪問してもいい。そういう論文が最近でたと思う。

そう言って彼は早速2006年のJCOの論文を印刷してくれた。

僕も受け持ちの子どもが亡くなった時にお通夜へ行ったことが何度かはある。頼まれて葬儀で弔辞を読んだこともある。

でも僕は彼のような固い信念を持っていた訳ではなかった。その頃に、その後の家族の悲嘆のことを考えて行動をしていたのではなかった。

ただただ僕は頭が下がる思いで、静かに自分の信念を語る彼の言葉を聞いていた。

# by childpal | 2009-03-14 19:19 | Westmead 

小児がん診療のこと Childhood cancer

今回は小児緩和ケアの研修に来ているのだが、僕の予定では対象疾患をまずは小児がんに絞ろうと考えている。それでオーストラリアでの小児がんの診療についても情報を聞いておきたかった。

そのことをJudyに頼んだら、早速金曜日の午後に腫瘍チームのヘッドのDr. Luciano Dalla Pozza、そして移植チームのDr. Peter Shawとそれぞれ話をする機会を作ってくれた。以下に彼らから聞いた情報を記しておく。

・ニューサウスウェールズ州には小児がんの診療をする病院が3ヶ所あるが、一つはあまり大きくない。従ってウェストミード小児病院とシドニー小児病院が小児がん診療の中心である。
・年間の新患患者数は130人前後。常時入院している患者数は30人から40人というところ。年齢は一応16歳までとしているが、厳密には考えていない。例え17歳でもALLであれば小児病院で治療したほうがいいと考えている。
・何年か前に腫瘍チームを分けて、一般腫瘍と骨髄移植のチームにした。良性の血液疾患はまた別の診療科が診ている。スタッフ(コンサルタントと言うらしい)の数は腫瘍チームが5人、移植チームが3人であり、それぞれにまたフェローとレジデントがいる。
・移植は年間で25から30例に行っている。自家移植が10例、同種移植が20例ぐらい。同種移植で使用する幹細胞ソースは圧倒的に骨髄が多い。半分がHLA一致の兄弟で、残りがそれ以外。自家移植を行うのは固形腫瘍で、脳腫瘍や神経芽細胞腫、sarcoma等である。
・ALLの治療を例にとると、初めの半年は原則として病院をベースに治療をする。寛解に入ってからは地元と病院を行ったり来たりという生活になる。6ヶ月のうち、大体4ヶ月を病院で、2ヶ月を家で過ごしていることになる。
・痛みを伴う処置(骨髄穿刺、腰椎穿刺)はまず全例が全身麻酔で行っている。原則は週に2回の決まった曜日に麻酔科医の管理で行っている。
・症状マネージメントは今はすべてPain teamに依頼している。6,7年前までは自分達でやらなくてはならなかったから、当時と比べて随分と良くなった。自分達はもはやアセトアミノフェンとモルヒネしかわからないから。

以上の話とはちょっと別だが、Dr. Luciano Dalla Pozzaから運営についての苦労話も聞いた。現在の診療と研究を維持していくのには年間に約1200万ドルを要するのだそうだが、そのうちの750万ドルしか政府からは拠出されない。従って残りの450万ドルは寄付に頼っている。それを集めるために、自分達はマスコミを使ったり、色んなところで講演をしたりしなくてはならない、ということである。

為替レートにもよる訳だが、450万ドルといえば3,4億円になる。それをコンスタントに寄付で集めるというのは確かに大変なことなのだろう。日本では全く考えられない数字だけれど。

# by childpal | 2009-03-13 18:00 | Westmead 

非悪性疾患の疼痛コントロール Pain management for non-malignant diseases

今日もAcute pain roundについて回った。

Acute painだけあって、3日前に回った時とは半分以上は違う患者さんであった。今日のラウンドで印象に残ったのは、術後でもなく悪性疾患でもない疼痛に対しても、全く躊躇することなくオピオイドが使われるということである。

・クローン病の患者さんの腹痛に対し、モルヒネとケタミンで鎮痛が図られていた。
・Cystic fibrosisの患者さんの腹痛にモルヒネのPCAでうまくコントロールできていた。
・骨髄炎の男児(14歳)の下肢痛に、NSAIDsだけではなくオキシコドンが使用されていた。

上記のような疾患を診ているのは、小児がん等の慢性疼痛をとく伴う疾患をみている診療科ではない。そのような科の医師も積極的にPain teamにコンサルテーションをする体制が出来上がっているということなのだろう。

それにしてもこちらの医師達はオピオイドの使い方についても、とにかく本人に説明をして本人の考えを聞いて決めていく。また子ども達も自分の考えをしっかり言うのである。たとえそこに親が同席していたとしても。

これだけ当たり前にモルヒネが使われる時代を今の子ども達は生きている。そんなに遠くない将来、オーストラリアにはモルヒネに対する偏見がほとんどない日が来るのだろう。

# by childpal | 2009-03-13 17:50 | Westmead 

医学図書室 Library

子どもの図書館だけではなく、今日はJudyさんに教えてもらって医学図書室にも行ってみた。

図書室は驚くほどの規模ではないが、ただ小児病院としては広い部類に入るだろう。成書よりもやはり雑誌の豊富さにはうらやましいものがある。特に伝統ある医学雑誌はそのほとんどが創刊当初の号から保管されている。Journal of Pediatrics等は1930年代からずっと揃っていた。

今はもちろんインターネットで古い雑誌もみることができる時代であるが、この豊富さに小児病院の伝統を垣間見た思いであった。

# by childpal | 2009-03-13 17:33 | Westmead 

子どもの図書館 Book Bunker



1階に子ども達のための図書館がある。

名前は「Book Bunker」という。覗いて受付の女性に「日本から来たんだけれども写真を撮ってもいいですか?」と聞くと、その方は「どうぞ」と言いながら親切に説明もしてくれた。

本は年齢別に分けられていて、また多民族国家であることを反映して、色んな国の言葉で書かれた本もある程度はそろえられている。ここまで来られない子ども達のためにリクエストを受けて、各病棟を巡回するサービスも行われている。

このようなサービスを行っているのは、すべてボランティアの方々だそうである。

色んな方々にお世話になったお礼に、ここにも日本の絵本を寄贈しようと思ったけれど、お土産に持ってきた絵本はもう全部渡してしまったっけ。

# by childpal | 2009-03-13 17:15 | Westmead 

緩和ケアチームのミーティング

ウェストミードの緩和ケアチームは毎週木曜日にミーティングを行っている。

教育センターに沢山チュートリアルルームがあって、その1室を借りて11時半から行われている。出席者はチームの主だったメンバーで、途中で呼ばれて一時的に席をはずすことはあっても原則的には全員が通して出席する場のようである。この日はBear cottageからも2人が出席していたが、こちらは毎回ということではない。

この日はまずJudyが最近の論文の中で興味深いものを紹介し、その後に数人から訪問した施設や参加したカンファレンスなどの報告があった。そして入院中の患者さん、在宅の患者さん、Bear Cottageの患者さんの中で問題のある事例についての現状と方向性についての情報交換が行われる。これがこのミーティングの最も重要な議題である。

一通りの議論が終わっても、他には話し合っておくことはないか、というJohnの問いかけが続く。とにかく週に1回のこの機会に話し合っておくべきことは徹底的に話し合おうという姿勢である。

チームの機能をいつでも十分に発揮できるように保つこと、そのためにこのようなミーティングが絶対に必要なのだという考えが伝わってきた。



←壁という壁に子ども達の描いた絵やプロの撮った写真が飾られている。こちらは何年か前にとったという病院の職員の手形。このように全員の手形が病院のあちらこちらの廊下に飾られている。

# by childpal | 2009-03-12 20:16 | Westmead 

症状緩和のコンサルテーション Symptom management for cancer patients

今日も充実した一日であった。

8時過ぎには病院に着き、2階のスターバックスでホットコーヒー(ちなみにこちらではLong Blackという)を買い、庭のベンチで仕事前だというのに一息入れる。9時前にJudyのオフィスへ顔を出し、今日の予定を相談する。残念ながら午後に予定していた在宅診療はキャンセルになったとのことだった。

午前中はフェローのDr. Amandaと一緒に病棟を回ることになる。主として小児がんの患者さんの症状緩和についてのコンサルテーションに対応するのだが、この業務はまさに僕が4月からやろうとしていることの一つであり、実に興味深く参考にもなった。

ラウンドしたのは以下のような患者さんである。

・骨髄性白血病で移植後6日目の女児。粘膜障害による疼痛に対してモルヒネで鎮痛が図られていた。PCAで疼痛はいいがモルヒネによる嘔気があるので結局は今日からフェンタニルへ変更になる
・神経芽細胞腫の骨転移による疼痛が難治である4歳の女児。ハイドロモルフォンのNCAでもコントロールが不十分で、Amandaも頭を抱えていた
・ALLの17歳女児。今回は帯状疱疹の疼痛に対してモルヒネを使用していたが、改善傾向となったため減量中
・5ヶ月の脳腫瘍の男児。術後の疼痛コントロールにモルヒネを使用。レスキューはオキシコドンの速放製剤が有用
・15歳の悪性リンパ腫の男児。化学療法による粘膜炎にたいしてフェンタニルを使用

とまあこんな感じである。症状緩和が芳しくない患者さんの親御さん達はとても心配そうで、質問が絶えない。いずこでも子どもの症状に一喜一憂する親の姿に変わりはない。

# by childpal | 2009-03-12 18:44 | Westmead 

ベアー・コテージ Bear Cottage

ウェストミード小児病院の施設である子どものホスピス、「Bear Cottage」に行ってきた。
詳細はまた書かなくてはならないが、とりあえず写真だけアップしておくことにする。

・ベアーコテージの玄関
・反対の方角からみたところ
・家族も泊まることができる部屋
・食堂。ここでスタッフと一緒に家族も食事をしていた
・1階にあるスパルーム









# by childpal | 2009-03-12 17:27 | Westmead 

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