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カテゴリ:Westmead

  • 絵本の寄贈 Japanese picture books
    [ 2009-03-20 18:40 ]
  • ウェストミード小児病院 緩和ケアチーム
    [ 2009-03-20 09:13 ]
  • ブロンズ像に込められた思い
    [ 2009-03-20 08:50 ]
  • キャンパーダウン病棟 Camperdown ward
    [ 2009-03-19 19:09 ]
  • プレイ・セラピスト Play therapist
    [ 2009-03-18 18:52 ]
  • 子どもの在宅ケア Home visit for children
    [ 2009-03-17 19:36 ]
  • 慢性疼痛外来 Chronic Pain Clinic
    [ 2009-03-17 19:35 ]
  • 生後1ヶ月の男児の治療中止
    [ 2009-03-17 17:54 ]
  • Allow Natural Death (AND) 自然の経過を見守る
    [ 2009-03-16 17:54 ]
  • 移植患者さんの疼痛コントロール Pain management for BMT patients
    [ 2009-03-16 17:34 ]

 

絵本の寄贈 Japanese picture books

週末にシドニーで買った日本語の絵本を、昨日Judyにお礼の気持ちとして渡した。Book Bunkerに置いてもらいたいという僕の希望とともに。

僕としては後でJudyが持って行ってくれればそれでいいと思っていた。でもJudyはその場で1冊ずつ「これはどんな話?」と聞く。そして「後でミーティングの時に持っていって、皆にプレゼントをもらったことを伝えるわ。その後に一緒にBook Bunkerに行きましょう。」と言う。

そして実際にミーティングの後、僕はJudyに連れられてBook Bunkerへ行き、ボランティアの方々へ絵本をお渡しした。それですぐに戻ろうとしたのだが、担当の方がやはりこれはどんな話で何歳向けかと聞いてくる。それに答えている間に別の方が僕への礼状を準備していた。

「連絡先も教えて下さる?」といわれるのでメールアドレスを書いて、ようやく僕のささやかなDonationが終わった。

それにしてもどんなわずかな寄付も公平にかつ丁重に扱われるこの国の文化は、やはり一朝一夕に出来上がったものではないと思った。

ちなみに寄贈した絵本は以下である。
「いもうとの にゅういん」 「きいろいのは ちょうちょ」 「きんぎょが にげた」
「おおきくなるって いうことは」 「そらまめくんのベッド」 「もけら もけら」

by childpal | 2009-03-20 18:40 | Westmead 

ウェストミード小児病院 緩和ケアチーム

今回の研修でお世話になった方達のことを、感謝の思いとともに記しておきたい。

Dr. John Collins
 ウェストミード小児病院のPain&Palliative care serviceのHead。この人が10年前にウェストミードへ来てすべてが始まった。ちょっとお茶目な部分もあり、チームメンバーに信頼され好かれている小児科医。

Dr. Amanda Fernando
 多分インド出身の女医さん。Palliative careチームのFellow。何度も一緒に病棟を回らせてもらったし、在宅へもBear Cottageへも一緒に行った。本当は早口なのに僕にはゆっくり話してくれたので、とてもわかり易かった。「Johnが忙しくて自分は自己流になってしまっている部分もあるから、気がついたことは言ってね。」といつも言っていた謙虚な方。

Dr. Kim Epino
 フィリピンから来ていたPainチームのFellow。Acute Pain Roundで何度か一緒に回った。口数は多くないけれどいつもアジア的な微笑みを浮かべている女性。7月に1年の期間を終えてフィリピンに戻って子どもの緩和ケアチームを立ち上げるのだそう。同じアジアの国だからまた連絡を取り合いましょう、と言ってくれている。

Judy Frost (CNC, Palliative care)
 何といっても一番お世話になったで方である。Palliative careチームの看護師として獅子奮迅の働きをしていたが、僕のような訪問者の研修についてもすべてを統括していた。自分のオフィスを使わせてくれたし、僕の色んな希望を聞き各部門との調整もしてくれた。底抜けに明るいオージー(と思ったらニュージーランド出身だった)で、とにかくこの仕事がやりたくてここへ来た、と言っていた。

Julie Greathouse (MSW)
 Palliative careチームのソーシャルワーカーとして、極めて重要な働きをしていたのがこの人。病棟の回診にも在宅にも、そしてBear CottageにもいつもJulieの姿があった。落ちついた態度で患者さんのご家族の話を聴き、社会的な問題だけではなく精神的なフォローもされていた。

Helen Keogh (Play therapist)
 Palliative careチームの専属のプレイセラピスト。主な仕事は在宅でのケアだが、入院中の子ども達やその兄弟達のケアも行っていた。いかにもプレセラピストといった雰囲気の素敵な方。

Lyn Lane (Nurse Practitioner, Pain service)
 Painチームの看護師として、主には外来でJohnと仕事をしている。僕はAcute Pain Roundで何度か一緒に回ったことがある。いつも気を配っている話好きなおばちゃん、といった雰囲気の人。僕が困っている様子を察するとすぐに声をかけてくれて助かった。

Natasha Haynes (CNC, Pain service)
 PainチームのCNCで、看護職の中では多分一番の若手。毎日Acute Pain Roundで患者さんを診て回る。麻酔科の医師は当番制のようで日々変わるので、彼女がすべてを把握してコントロールしているようだった。

この他にAcute Pain Roundでは、Dr. Jonathan de Limaを初め何人もの麻酔科のDr達にここでのPain managementについて教えていただいた。

腫瘍部門のDr. Luciano Dalla Pozzaと、骨髄移植部門のDr. Peter Shawは、それぞれに時間をとってくれ、僕の質問に丁寧に答えていただいた。Dr. Luciano Dalla Pozzaからは白血病の初診時に家族に渡すセット一式を、Dr. Peter Shawからは家族のグリーフ・ケアに関する論文をいただいた。

その他、教育の仕事を始めたという看護師のCatriona McLean、ソーシャルワークの学生さんのRachel、そしてBear CottageのHospice Manager、Office Manager、看護師の方々、プレイセラピスト、ボランティアの方々。

わずか2週間の短い間に、こんなにも多くの方々から親切にしていただいた。どうしてそんなに親切にしてくれるのか、こちらが不思議に思うほどだった。

僕の感謝の気持ちは、英語力不足のためにひょっとしたら十分に伝わっていないかもしれない。日本からのお土産として、絵本をBear CottageとBook Bunkerへ寄贈させてもらったし、Bear Cottageにはほんの気持ちだけだけれども寄付もさせてもらった。

でも最も大事なことは、戻ってから僕が日本の子ども達のためにきちんと仕事をすることなのだと思う。

by childpal | 2009-03-20 09:13 | Westmead 

ブロンズ像に込められた思い

ウェストミード小児病院の正式な名称は"Royal Alexandra Hospital for Children"という。

設立されたのは130年も前の1880年になる。当初は"Sydney Hospital for Sick Children"と呼ばれ、場所はGlebe Pointというところににあった。その後1906年にCamperdownへ移転し、1995年に今のウェストミードに移るまでの89年間もの長き間、この小児病院はCamperdownで子ども達の治療を行ってきたのである。

20世紀も最後の4半世紀になってようやく小児がんも治癒を期待できる病気になった。しかしそれまでは白血病を含め、小児がんは不治の病であった。この小児病院でも沢山の子どもが亡くなっていった筈である。子ども達が病を持ちながらも精一杯に生きた、まさにその場所である病院が移転する。自分の子どもを亡くした親達にとって、それは一種複雑なニュースだったのではなかろうか。

移転の切っ掛けはCamperdownの病院自体が手狭になったためであるが、シドニーの西部の人口増加に対応するため、何よりもよりよい治療とケアを子ども達に提供できる体制を整えるためである。住民にとってこれ程望ましいことはない。

あのブロンズ像には、親達のどんな思いが込められているのか。

親達は思ったのではないか。子ども達の思い出を、いずれ死に行く自分達の記憶の中だけではなく、形あるものとして残しておきたいと。それも単なる思い出としての像ではなく、子ども達の闘いを称え、そして一緒に未来を見ていく象徴としての像を。

by childpal | 2009-03-20 08:50 | Westmead 

キャンパーダウン病棟 Camperdown ward

ウェストミード小児病院の病棟には色んな名前がついている。

日本では大抵は4階東病棟とか、それとも学童内科病棟と呼んでいる。欧米では人の名前が付けられていることが結構あるが、それは功績のあった医師だったり、多額の寄付をされた方の名前だったりする。

ウェストミード小児病院の小児がん病棟は"Camperdown ward"という名前である。僕はその由来を特に気にしてはいなかった。

今日の帰りに僕はいつもとは違って東側の出入口から出てみた。するとこれまでは気づかなかったのだが、そこから延びる通路の真ん中に2人の子どものブロンズ像が置かれている。多分姉と弟だと思われる、女の子と男の子が手をつないで楽しそうに遊んでいる像である。そして何気なく台座の文字板に視線を落とした時、僕の意識はそこに書かれている文に吸い込まれていった。僕は像の前に座り込み、何度もその詩を読んだ。"Camperdown"の意味がわかった。この小児病院がここウェストミードへ移転してくる前にあった場所の名前だったのだ。

*******************************************************
STATUE OF REMEMBRANCE

REMEMBER OUR PRECIOUS CHILDREN,
THEIR GREAT STRENGTH AND ENOUMOUS LOVE,
THEIR STRUGGLES, THEIR TRIUMPHS AND THEIR TRAGEDIES.
WE BRING THESE MEMORIES WITH US FROM CAMPERDOWN
AND REST THEM GENTLY HERE.
TOGETHER WE LOOK TO THE FUTURE.
THEY ARE OUR CHILDREN.
*******************************************************

決して忘れることはない 私達のいとしい子ども達を
子ども達の偉大とも思える強さを そして計り知れない程の愛を
子ども達の頑張った姿を 子ども達の勝利と そして悲劇を
私達は子ども達の思い出を あのキャンパーダウンからここへ一緒に持ってきた
そして静かにここに休ませる
子ども達は私達と一緒にここで未来を見る
彼らこそ 私達の子ども達


何と美しい詩であることか。子ども達への愛と誇りと、そして希望にも満ちた。
いつまでも彼らを忘れないという決意とともに、この像はここにあり続けるのだろう。


by childpal | 2009-03-19 19:09 | Westmead 

プレイ・セラピスト Play therapist

オーストラリアのプレイ・セラピストのことを書いておく。2週間前のチャイルド・ライフのワークショップをさぼった罪滅ぼしに、ということでもないが。

ウェストミード小児病院の緩和ケアチームに所属しているプレイ・セラピストのHelenと一緒に在宅ケアに行ったことは昨日書いた。その時にHelenからここには全部で10人のプレイ・セラピストが働いていると聞いたので、北米ほどではないにしろ、やはりオーストラリアにはそれに近い程度で浸透しているのだと思っていた。

今日は先週に続いてまたベアー・コテージに行ったのだが、そこに10人のプレイ・セラピストのうちの1人が配置されている。その方と少しだけ立ち話をした。

聞き間違いかと思ったぐらいだけれども、オーストラリアにはプレイ・セラピストは40人しかいないそうである。つまりウェストミードに10人いて、それ以外にはシドニー小児病院とメルボルン小児病院に数人ずついて、これらの小児病院だけで全体の半数近くを占めている。その他はいくつかの病院に少人数ずついるだけだそうである。

やっている仕事は僕が見ている限りはチャイルド・ライフ・スペシャリストと全く同じである。今日のカンファレンスの際にその違いについて何だか話題になっていたけど、大事なところがよくわからなかった。「実務上は大きな違いはないし、名前だけのことだよね」、みたいな感じの結論になったように聞こえたけど。

資格の詳細については聞けなかったが、少なくとも教育はオーストラリアで受けられるらしい。何故チャイルド・ライフ・スペシャリストではなくてプレイ・セラピストなのかについては、その経緯を調べてみればわかるだろう。まあわかっておく必要性はそれほどないけれども。


←ベアー・コテージがあるManlyの美しい浜辺

by childpal | 2009-03-18 18:52 | Westmead 

子どもの在宅ケア Home visit for children

先週キャンセルになってしまった在宅ケアに、今日は同行することができた。

在宅ケアは始めたい仕事の重要な一つなので是非とも見ておきたかったのであるが、とにかく以下に書くように驚くことばかりであった。

1.今回の訪問先は病院から70km程の距離にある。車で高速道路を使って行ったのであるが、約1時間20分かかった。それで患者さんの自宅に1時間いて、また1時間20分かけて戻ってくる。1人の患者さんの訪問だけで4時間をかけている。訪問した人員は僕を除いて医師1人、MSW1人、プレイセラピストが1人である。看護師のJudyが今日は行けなかったのであるが、看護師も行けば総勢4人である。

採算などということは、現場の医療者は全く考えていない。考えているのは子どもと家族の利益だけである。

2.プレイセラピストのHelenは主な仕事が在宅でのケアなのだそうである。信じられない。在宅ケアが専門のプレイセラピストが配置されているとは。聞けばウェストミード小児病院全体にプレイセラピストは10人いるそうである。

やっぱり考えているのは子どもと家族の利益だけである。

3.一番驚いたのは疼痛コントロールである。今回訪問した患者さんは6歳の男児で、病気はロイコジストロフィーという遺伝性の酵素欠損病である。精神および身体発達の遅れがあり、寝たきりで栄養は胃ろうからの注入に頼っている。機嫌がいい時は笑顔が見られるが、表情や発声、体動で苦痛を評価するしかない。極度の側湾があって心肺機能が悪い。

そのお子さんにデュロテップパッチで疼痛コントロールが行われていたのである。側湾がひどいので、かなりの痛みを伴っているという判断である。事実として始めてから機嫌が良くなって、夜も眠られるようになったのだそうだ。体重が小さいのでパッチは一番用量の小さいものを1/4に切って使っていた。

これは日本では絶対に不可能な方法である。認可されていないし、医者も家族も使うことを認める人はまずいないのではないか。

僕達は今ここで立ち止まって、自分達がこれから何を大切にしていくのかをとことん考え、話し合っていかなくてはならない。

by childpal | 2009-03-17 19:36 | Westmead 

慢性疼痛外来 Chronic Pain Clinic

毎週火曜日と木曜日の午前中に、Johnは慢性疼痛外来を開いている。

術後疼痛などの急性疼痛ではなく、癌性疼痛をはじめとした慢性疼痛を診る外来である。僕が見学をさせていただいた日は数人の患者さんが受診されていた。(数がはっきりしないのは、僕が途中から見学させていただいたから)

この外来に紹介されてくる新患患者さんは週に1,2名と少ない。慢性疼痛は特に社会的、心理的な問題が絡んでいることが多く、背景をしっかり把握するためにも人数を増やすことは難しいという理由である。

スタッフはJohnの他に、Nurse PractitionerのLyn、FellowのDr. Kim、臨床心理士、PT等である。

僕が見学させていただいた日は、その前の週のAcute Pain Roundで丁度みた骨肉腫の下肢切断後の幻視痛患者さんが初回の外来で来ていた。患者さんに初めに話を聞いた後に、一旦診察を中断して後でまた戻ってきてもらうように伝える。その間に別室でスタッフ全員で方向性を話しあっていた。

その話し合いでは、まず幻視痛への薬剤の検討だけではなく、PTが介入すること、心理士も介入すること、本人の希望があればPeer counsellingの機会も提供すること等が話しあわれた。

このように情報を全員で共有した後に、また患者さんとの面談に戻るのである。

非常に時間をかけた決め細やかな対応にただただ感心した。日本と違って入院期間が短いこともあるから、これ程度の時間をかけた診察がやはり必要なのだろう。でも日本で同じことができるだろうか?


←ここは精神科部門の廊下。他のエリアとは違った雰囲気で静かな空間。

by childpal | 2009-03-17 19:35 | Westmead 

生後1ヶ月の男児の治療中止

子どもが治ることのない病気だとわかった時の両親の反応について。

もちろん一概に言うことはできなくて、ご両親の考えは全く様々である。病気の種類やその時の年齢、現在の状態(苦痛がどの程度なのか)はもとより、今後の見通しも影響してくる。国民性というか文化というか、宗教も関係してくることも当然あるだろう。他に子どもがいるかとか、身近な人を亡くした経験があるかとか、それはもう多くの要因が関わってくる。

月曜日に新たな患者さんが緩和ケアチームにコンサルトされた。生後1ヶ月もたっていない男児で、もとに尿路の形態異常があって尿路感染を合併し、敗血症から脳膿瘍に発展してしまった。閉塞性の水頭症もあって姑息的に外シャントがおかれていた。ご両親はこれ以上の治療を望まず、緩和ケアを希望されているとのことで紹介があったのである。

緩和ケアチーム(医師、看護師、MSW)とご両親の面談に僕も同席をさせていただいた。ご両親は担当医師からの説明をよく理解されていて、この上に手術をしても苦痛を長引かせるだけなので、後はなるべく静かに見守っていきたい、という希望を明確に言われた。お父様が主に話されていたが、お母様も同じ考えであるとのことだ。

緩和ケアチームとしては、ご両親の病状理解が十分なこと、2人の間に食い違いがないことを確認した上で、緩和ケアについて説明し、今後の療養場所の相談をしていくことにして面談を終了した。

その後に部屋へ僕も顔を見に行ったのだが、本人は穏やかな表情をしていて目をしっかり開けている。栄養状態がよくないために一層目だけがギョロっとしていて、でもそれが必死に生きようとしているようにも見えて健気だ。

確かに予後が極めて不良であることは、医者である僕にはわかる。でもその顔をみていてこのまま何も積極的な治療をしないという決断は、少なくとも日本ではまずする親はいないのではないかと思う。

このような決断をする親は確かにオーストラリアでもほとんどいなくて、全く稀なケースだとJudyも言っていた。それにしても僕の理解の範囲を超えている。悪性腫瘍だとか、意識レベルがもっと悪いとかなら理解できるけど。

この違いはどこから来るのだろうか。ご両親はクリスチャンらしいけれど、安易に宗教に答えを求めるのも何か違う気がする。


←家族を支える色んな仕組みが用意されている

by childpal | 2009-03-17 17:54 | Westmead 

Allow Natural Death (AND) 自然の経過を見守る

英語圏では、DNRという言葉の与えるニュアンスが議論になっているらしい。僕は知らなかったけれど。

DNRという言葉は、"Do Not Resuscitate"のNOTが強すぎて、「何もしない」という印象を与えてしまうことがある。それで"Allow Natural Death"という言葉を使おうという考えが出てきているそうだ。略すとANDとなって、確かに「そして次に」というような肯定的なニュアンスをかもし出す。ただこの言葉がDNRと全く同じ内容を伝えているのかどうか、という議論はあるとのことである。

日本ではDNRという言葉を家族に言うのではないから英語圏と全く同じ問題には発展しないけれども、ただ似たようなことは考えたほうがいいのかもしれない。

説明する時に「蘇生処置をしない」というだけだと、やっぱり見捨てられ感を感じる人もいるだろう。「自然の経過を見守る」のほうが暖かさを感じさせていい。

振り返ってみれば、実際にはそう説明している医療者が多いのではないか。でもどんな言葉を使うべきかという議論は、日本ではまだ始まっていないと思う。これも僕が知らないだけ?

by childpal | 2009-03-16 17:54 | Westmead 

移植患者さんの疼痛コントロール Pain management for BMT patients

今日もAmandaにくっついて、移植患者さんの症状緩和を見させてもらった。

先週の木曜日には移植患者でフォローしているのはAMLの女児だけだったが、今日は再生不良性貧血で金曜日に骨髄移植が行われた8歳の男児が加わっていた。

彼は1月に診断が確定した重症の再生不良性貧血で、HLA一致の兄弟から骨髄移植が行われた。輸血回数が少ないこともあり移植前処置は大量エンドキサンだけである。GVHD予防は型どおりのMTXとシクロスポリンで行われていた。

訪室すると本人はいたって元気である。表情がちょっと冴えないようにも見えたが、それは宿題をやっていた、というかやらされていたためかもしれない。

エンドキサンだけだし多分この元気さでいけるのではと僕はその時に思ったのだが、先週からもうモルヒネのPCAが導入されていた。

いくら何でも早すぎないか?

でも日本からちょっと見に来ただけの医者が議論をふっかけるのもと思って、今日のところは何も言わなかった。議論するだけの英語力がないし、第一どっちかが正しい、という問題でもない。

by childpal | 2009-03-16 17:34 | Westmead