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<  2009年 03月   >

  • 日本へ
    [ 2009-03-22 08:40 ]
  • シドニーの風景
    [ 2009-03-21 09:16 ]
  • 絵本の寄贈 Japanese picture books
    [ 2009-03-20 18:40 ]
  • ウェストミード小児病院 緩和ケアチーム
    [ 2009-03-20 09:13 ]
  • ブロンズ像に込められた思い
    [ 2009-03-20 08:50 ]
  • シドニー 洗練された美しい街並み
    [ 2009-03-20 08:20 ]
  • キャンパーダウン病棟 Camperdown ward
    [ 2009-03-19 19:09 ]
  • プレイ・セラピスト Play therapist
    [ 2009-03-18 18:52 ]
  • 子どもの在宅ケア Home visit for children
    [ 2009-03-17 19:36 ]
  • 慢性疼痛外来 Chronic Pain Clinic
    [ 2009-03-17 19:35 ]

 

日本へ

今晩のカンタス便で日本へ戻る。

今日もまたシドニーはさわやかに晴れ渡っている。雲ひとつ浮かんでいない。

大海と起伏に乏しい陸地しかないから、きっと大気の流れが平坦なんだろう。日本のように狭い国土に急峻な山脈や入り組んだ海岸線や盆地がない。

こういう土地で暮らしていると、人間もおおらかになるのだろうな。明日の天気が心配で眠れないなんてことはないのかもしれない(日本でも最近はない?)。

空を流れていく雲に思いを乗せたり、季節毎の雨や風や湿度の微妙な違いを感じたり、という文化がやっぱり僕は懐かしい。そんな日本の文化にあったケアのあり方というものが当然あるはずで、僕達はこれからそれを探しながら歩んでいく。それは決して外にあるのではなく、自分達の中に見つけるもの。

多分これが最後の記事です。

日本へ戻ります。

by childpal | 2009-03-22 08:40 | Sydney 

シドニーの風景

研修が終わり、後は日本へ戻るだけとなった。

ホテルの部屋で今回の研修内容をまとめながらも、気分転換に時に外へ出て市内を散策している。シドニーは今日も素晴らしい天気である。

写真は上から順番に、ニューサウスウェールズ州立美術館、ハイドパークと聖メアリーズ大聖堂、シドニータワーから見たポートジャクソン湾




by childpal | 2009-03-21 09:16 | Sydney 

絵本の寄贈 Japanese picture books

週末にシドニーで買った日本語の絵本を、昨日Judyにお礼の気持ちとして渡した。Book Bunkerに置いてもらいたいという僕の希望とともに。

僕としては後でJudyが持って行ってくれればそれでいいと思っていた。でもJudyはその場で1冊ずつ「これはどんな話?」と聞く。そして「後でミーティングの時に持っていって、皆にプレゼントをもらったことを伝えるわ。その後に一緒にBook Bunkerに行きましょう。」と言う。

そして実際にミーティングの後、僕はJudyに連れられてBook Bunkerへ行き、ボランティアの方々へ絵本をお渡しした。それですぐに戻ろうとしたのだが、担当の方がやはりこれはどんな話で何歳向けかと聞いてくる。それに答えている間に別の方が僕への礼状を準備していた。

「連絡先も教えて下さる?」といわれるのでメールアドレスを書いて、ようやく僕のささやかなDonationが終わった。

それにしてもどんなわずかな寄付も公平にかつ丁重に扱われるこの国の文化は、やはり一朝一夕に出来上がったものではないと思った。

ちなみに寄贈した絵本は以下である。
「いもうとの にゅういん」 「きいろいのは ちょうちょ」 「きんぎょが にげた」
「おおきくなるって いうことは」 「そらまめくんのベッド」 「もけら もけら」

by childpal | 2009-03-20 18:40 | Westmead 

ウェストミード小児病院 緩和ケアチーム

今回の研修でお世話になった方達のことを、感謝の思いとともに記しておきたい。

Dr. John Collins
 ウェストミード小児病院のPain&Palliative care serviceのHead。この人が10年前にウェストミードへ来てすべてが始まった。ちょっとお茶目な部分もあり、チームメンバーに信頼され好かれている小児科医。

Dr. Amanda Fernando
 多分インド出身の女医さん。Palliative careチームのFellow。何度も一緒に病棟を回らせてもらったし、在宅へもBear Cottageへも一緒に行った。本当は早口なのに僕にはゆっくり話してくれたので、とてもわかり易かった。「Johnが忙しくて自分は自己流になってしまっている部分もあるから、気がついたことは言ってね。」といつも言っていた謙虚な方。

Dr. Kim Epino
 フィリピンから来ていたPainチームのFellow。Acute Pain Roundで何度か一緒に回った。口数は多くないけれどいつもアジア的な微笑みを浮かべている女性。7月に1年の期間を終えてフィリピンに戻って子どもの緩和ケアチームを立ち上げるのだそう。同じアジアの国だからまた連絡を取り合いましょう、と言ってくれている。

Judy Frost (CNC, Palliative care)
 何といっても一番お世話になったで方である。Palliative careチームの看護師として獅子奮迅の働きをしていたが、僕のような訪問者の研修についてもすべてを統括していた。自分のオフィスを使わせてくれたし、僕の色んな希望を聞き各部門との調整もしてくれた。底抜けに明るいオージー(と思ったらニュージーランド出身だった)で、とにかくこの仕事がやりたくてここへ来た、と言っていた。

Julie Greathouse (MSW)
 Palliative careチームのソーシャルワーカーとして、極めて重要な働きをしていたのがこの人。病棟の回診にも在宅にも、そしてBear CottageにもいつもJulieの姿があった。落ちついた態度で患者さんのご家族の話を聴き、社会的な問題だけではなく精神的なフォローもされていた。

Helen Keogh (Play therapist)
 Palliative careチームの専属のプレイセラピスト。主な仕事は在宅でのケアだが、入院中の子ども達やその兄弟達のケアも行っていた。いかにもプレセラピストといった雰囲気の素敵な方。

Lyn Lane (Nurse Practitioner, Pain service)
 Painチームの看護師として、主には外来でJohnと仕事をしている。僕はAcute Pain Roundで何度か一緒に回ったことがある。いつも気を配っている話好きなおばちゃん、といった雰囲気の人。僕が困っている様子を察するとすぐに声をかけてくれて助かった。

Natasha Haynes (CNC, Pain service)
 PainチームのCNCで、看護職の中では多分一番の若手。毎日Acute Pain Roundで患者さんを診て回る。麻酔科の医師は当番制のようで日々変わるので、彼女がすべてを把握してコントロールしているようだった。

この他にAcute Pain Roundでは、Dr. Jonathan de Limaを初め何人もの麻酔科のDr達にここでのPain managementについて教えていただいた。

腫瘍部門のDr. Luciano Dalla Pozzaと、骨髄移植部門のDr. Peter Shawは、それぞれに時間をとってくれ、僕の質問に丁寧に答えていただいた。Dr. Luciano Dalla Pozzaからは白血病の初診時に家族に渡すセット一式を、Dr. Peter Shawからは家族のグリーフ・ケアに関する論文をいただいた。

その他、教育の仕事を始めたという看護師のCatriona McLean、ソーシャルワークの学生さんのRachel、そしてBear CottageのHospice Manager、Office Manager、看護師の方々、プレイセラピスト、ボランティアの方々。

わずか2週間の短い間に、こんなにも多くの方々から親切にしていただいた。どうしてそんなに親切にしてくれるのか、こちらが不思議に思うほどだった。

僕の感謝の気持ちは、英語力不足のためにひょっとしたら十分に伝わっていないかもしれない。日本からのお土産として、絵本をBear CottageとBook Bunkerへ寄贈させてもらったし、Bear Cottageにはほんの気持ちだけだけれども寄付もさせてもらった。

でも最も大事なことは、戻ってから僕が日本の子ども達のためにきちんと仕事をすることなのだと思う。

by childpal | 2009-03-20 09:13 | Westmead 

ブロンズ像に込められた思い

ウェストミード小児病院の正式な名称は"Royal Alexandra Hospital for Children"という。

設立されたのは130年も前の1880年になる。当初は"Sydney Hospital for Sick Children"と呼ばれ、場所はGlebe Pointというところににあった。その後1906年にCamperdownへ移転し、1995年に今のウェストミードに移るまでの89年間もの長き間、この小児病院はCamperdownで子ども達の治療を行ってきたのである。

20世紀も最後の4半世紀になってようやく小児がんも治癒を期待できる病気になった。しかしそれまでは白血病を含め、小児がんは不治の病であった。この小児病院でも沢山の子どもが亡くなっていった筈である。子ども達が病を持ちながらも精一杯に生きた、まさにその場所である病院が移転する。自分の子どもを亡くした親達にとって、それは一種複雑なニュースだったのではなかろうか。

移転の切っ掛けはCamperdownの病院自体が手狭になったためであるが、シドニーの西部の人口増加に対応するため、何よりもよりよい治療とケアを子ども達に提供できる体制を整えるためである。住民にとってこれ程望ましいことはない。

あのブロンズ像には、親達のどんな思いが込められているのか。

親達は思ったのではないか。子ども達の思い出を、いずれ死に行く自分達の記憶の中だけではなく、形あるものとして残しておきたいと。それも単なる思い出としての像ではなく、子ども達の闘いを称え、そして一緒に未来を見ていく象徴としての像を。

by childpal | 2009-03-20 08:50 | Westmead 

シドニー 洗練された美しい街並み

シドニーが美しいのはオペラハウスやハーバーブリッジ等の遠景だけではない。歩いていても美しい緑と建造物が楽しめる街である。

街を歩いていて思わず撮った写真をアップしておく。

by childpal | 2009-03-20 08:20 | Sydney 

キャンパーダウン病棟 Camperdown ward

ウェストミード小児病院の病棟には色んな名前がついている。

日本では大抵は4階東病棟とか、それとも学童内科病棟と呼んでいる。欧米では人の名前が付けられていることが結構あるが、それは功績のあった医師だったり、多額の寄付をされた方の名前だったりする。

ウェストミード小児病院の小児がん病棟は"Camperdown ward"という名前である。僕はその由来を特に気にしてはいなかった。

今日の帰りに僕はいつもとは違って東側の出入口から出てみた。するとこれまでは気づかなかったのだが、そこから延びる通路の真ん中に2人の子どものブロンズ像が置かれている。多分姉と弟だと思われる、女の子と男の子が手をつないで楽しそうに遊んでいる像である。そして何気なく台座の文字板に視線を落とした時、僕の意識はそこに書かれている文に吸い込まれていった。僕は像の前に座り込み、何度もその詩を読んだ。"Camperdown"の意味がわかった。この小児病院がここウェストミードへ移転してくる前にあった場所の名前だったのだ。

*******************************************************
STATUE OF REMEMBRANCE

REMEMBER OUR PRECIOUS CHILDREN,
THEIR GREAT STRENGTH AND ENOUMOUS LOVE,
THEIR STRUGGLES, THEIR TRIUMPHS AND THEIR TRAGEDIES.
WE BRING THESE MEMORIES WITH US FROM CAMPERDOWN
AND REST THEM GENTLY HERE.
TOGETHER WE LOOK TO THE FUTURE.
THEY ARE OUR CHILDREN.
*******************************************************

決して忘れることはない 私達のいとしい子ども達を
子ども達の偉大とも思える強さを そして計り知れない程の愛を
子ども達の頑張った姿を 子ども達の勝利と そして悲劇を
私達は子ども達の思い出を あのキャンパーダウンからここへ一緒に持ってきた
そして静かにここに休ませる
子ども達は私達と一緒にここで未来を見る
彼らこそ 私達の子ども達


何と美しい詩であることか。子ども達への愛と誇りと、そして希望にも満ちた。
いつまでも彼らを忘れないという決意とともに、この像はここにあり続けるのだろう。


by childpal | 2009-03-19 19:09 | Westmead 

プレイ・セラピスト Play therapist

オーストラリアのプレイ・セラピストのことを書いておく。2週間前のチャイルド・ライフのワークショップをさぼった罪滅ぼしに、ということでもないが。

ウェストミード小児病院の緩和ケアチームに所属しているプレイ・セラピストのHelenと一緒に在宅ケアに行ったことは昨日書いた。その時にHelenからここには全部で10人のプレイ・セラピストが働いていると聞いたので、北米ほどではないにしろ、やはりオーストラリアにはそれに近い程度で浸透しているのだと思っていた。

今日は先週に続いてまたベアー・コテージに行ったのだが、そこに10人のプレイ・セラピストのうちの1人が配置されている。その方と少しだけ立ち話をした。

聞き間違いかと思ったぐらいだけれども、オーストラリアにはプレイ・セラピストは40人しかいないそうである。つまりウェストミードに10人いて、それ以外にはシドニー小児病院とメルボルン小児病院に数人ずついて、これらの小児病院だけで全体の半数近くを占めている。その他はいくつかの病院に少人数ずついるだけだそうである。

やっている仕事は僕が見ている限りはチャイルド・ライフ・スペシャリストと全く同じである。今日のカンファレンスの際にその違いについて何だか話題になっていたけど、大事なところがよくわからなかった。「実務上は大きな違いはないし、名前だけのことだよね」、みたいな感じの結論になったように聞こえたけど。

資格の詳細については聞けなかったが、少なくとも教育はオーストラリアで受けられるらしい。何故チャイルド・ライフ・スペシャリストではなくてプレイ・セラピストなのかについては、その経緯を調べてみればわかるだろう。まあわかっておく必要性はそれほどないけれども。


←ベアー・コテージがあるManlyの美しい浜辺

by childpal | 2009-03-18 18:52 | Westmead 

子どもの在宅ケア Home visit for children

先週キャンセルになってしまった在宅ケアに、今日は同行することができた。

在宅ケアは始めたい仕事の重要な一つなので是非とも見ておきたかったのであるが、とにかく以下に書くように驚くことばかりであった。

1.今回の訪問先は病院から70km程の距離にある。車で高速道路を使って行ったのであるが、約1時間20分かかった。それで患者さんの自宅に1時間いて、また1時間20分かけて戻ってくる。1人の患者さんの訪問だけで4時間をかけている。訪問した人員は僕を除いて医師1人、MSW1人、プレイセラピストが1人である。看護師のJudyが今日は行けなかったのであるが、看護師も行けば総勢4人である。

採算などということは、現場の医療者は全く考えていない。考えているのは子どもと家族の利益だけである。

2.プレイセラピストのHelenは主な仕事が在宅でのケアなのだそうである。信じられない。在宅ケアが専門のプレイセラピストが配置されているとは。聞けばウェストミード小児病院全体にプレイセラピストは10人いるそうである。

やっぱり考えているのは子どもと家族の利益だけである。

3.一番驚いたのは疼痛コントロールである。今回訪問した患者さんは6歳の男児で、病気はロイコジストロフィーという遺伝性の酵素欠損病である。精神および身体発達の遅れがあり、寝たきりで栄養は胃ろうからの注入に頼っている。機嫌がいい時は笑顔が見られるが、表情や発声、体動で苦痛を評価するしかない。極度の側湾があって心肺機能が悪い。

そのお子さんにデュロテップパッチで疼痛コントロールが行われていたのである。側湾がひどいので、かなりの痛みを伴っているという判断である。事実として始めてから機嫌が良くなって、夜も眠られるようになったのだそうだ。体重が小さいのでパッチは一番用量の小さいものを1/4に切って使っていた。

これは日本では絶対に不可能な方法である。認可されていないし、医者も家族も使うことを認める人はまずいないのではないか。

僕達は今ここで立ち止まって、自分達がこれから何を大切にしていくのかをとことん考え、話し合っていかなくてはならない。

by childpal | 2009-03-17 19:36 | Westmead 

慢性疼痛外来 Chronic Pain Clinic

毎週火曜日と木曜日の午前中に、Johnは慢性疼痛外来を開いている。

術後疼痛などの急性疼痛ではなく、癌性疼痛をはじめとした慢性疼痛を診る外来である。僕が見学をさせていただいた日は数人の患者さんが受診されていた。(数がはっきりしないのは、僕が途中から見学させていただいたから)

この外来に紹介されてくる新患患者さんは週に1,2名と少ない。慢性疼痛は特に社会的、心理的な問題が絡んでいることが多く、背景をしっかり把握するためにも人数を増やすことは難しいという理由である。

スタッフはJohnの他に、Nurse PractitionerのLyn、FellowのDr. Kim、臨床心理士、PT等である。

僕が見学させていただいた日は、その前の週のAcute Pain Roundで丁度みた骨肉腫の下肢切断後の幻視痛患者さんが初回の外来で来ていた。患者さんに初めに話を聞いた後に、一旦診察を中断して後でまた戻ってきてもらうように伝える。その間に別室でスタッフ全員で方向性を話しあっていた。

その話し合いでは、まず幻視痛への薬剤の検討だけではなく、PTが介入すること、心理士も介入すること、本人の希望があればPeer counsellingの機会も提供すること等が話しあわれた。

このように情報を全員で共有した後に、また患者さんとの面談に戻るのである。

非常に時間をかけた決め細やかな対応にただただ感心した。日本と違って入院期間が短いこともあるから、これ程度の時間をかけた診察がやはり必要なのだろう。でも日本で同じことができるだろうか?


←ここは精神科部門の廊下。他のエリアとは違った雰囲気で静かな空間。

by childpal | 2009-03-17 19:35 | Westmead