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Dr. Collinsとの対話

昨日の午後、Dr. collinsの部屋で1時間ほど話を伺う機会をいただいた。

2人だけで話をするという状況には多少緊張もしたが、Dr. Collinsはどことなく顔がMr.ビーンに似てお茶目な感じで、すぐに緊張も解けてしまった。こんな風に思うのは僕だけではないと思うが、、、。

それはそれとして、その時の対話の内容であるが、まず僕から自分の経歴を話し(小児がんの専門医からいったんは成人の緩和ケア医になったこと、今後は子どもの緩和ケアを立ち上げたいと思っていること)、今後の進め方についてのアドバイスをもらう流れになった。

Dr. Collinsは自分の経験から、まず疼痛緩和のコンサルテーションから始めること、しっかりとしたチームを作ること、医療者の教育が大切なこと、そして行政との交渉が必要なこと、という考えを話してくれた。

ここウェストミードにも10年前に彼が赴任して来た時には、緩和ケアサービスは何もない状態だったとのことである。とにかくじっくりと持続できるような体制を作っていくしかないよ、という彼の言葉は鮮明に僕の心に刷り込まれたのである。

# by childpal | 2009-03-11 19:38 | Westmead 

亡くなった子どもの数

ウェストミードの緩和ケアサービスが関わった子どもの死亡数は、最近の6年間で240人なのだそうである。

そのうちの40%が悪性腫瘍、残りは非悪性腫瘍の子どもで、亡くなった場所は100人が自宅、100人が病院、残りの40人がホスピス(Bear Cottage)とのことである。Bear Cottageのことはまた別の記事で書く予定だが、思ったよりも病院で亡くなる子どもが多いんだなという印象である。

最近の報告ではこれらの場所で亡くなる子どもの比率はほぼ3分の1ずつになってきているらしい。ウェストミードでまだ病院死亡が多いのには、Bear Cottageができて7年と日が浅いことも関係しているのかもしれない。

それでも日本の状況とはあまりにもかけ離れているけれど。




←病院の敷地に沿って流れているパラマタ川

# by childpal | 2009-03-11 19:17 | Westmead 

ウェストミード小児病院の建物

記録が追いつかない。

まだバララートでの研修のことも、ベリー・スペシャル・キッズのことも、先週のシンポジウムのことも書ききれていない。困った。とにかく覚えていることをどんどん書いていくしかない。

ウェストミード小児病院はとにかく巨大である。玄関ホールをみただけだとそうでもないように見えたのだが、とにかく広がりと奥行きがとてつもないのである。さすがはオーストラリアで、土地には全く困らないのだろう。多分日本だったら10階建てくらいにするだろうに。

病床数は320だそうである。そんなにあるのに外来も病棟3階までしかない。つまりそれだけ広々と土地を使っているということである。

小児病院の建築は低いほうが、自然を取り入れられるしいいに決まっているけれど、狭い日本ではそうもいかない。こればかりは参考にならない。



←緑がいっぱいの病院の中庭。ちょっと中国風なのは、地元の中国人会の寄付でできたからだそう。

# by childpal | 2009-03-11 19:01 | Westmead 

疼痛治療&緩和ケアサービス

今回の研修を受けてくれている部門は、Department of Pain Medicine & Palliative Careという。ホームページと違うが、極最近このように名称を変えたらしい。

行っている業務は以下の3つである。

1. Acute Pain Management
2. Chronic Pain Management
3. Palliative Care

スタッフは医者が3人いて、チーフのDr. Collinsと2人のフェローである。この2人は一応役割を分けていて、1人は急性疼痛(Dr. Kim)で、もう1人は慢性疼痛(Dr. Amanda)を担当している。フェローは色んな国から勉強にやってきている若い医師で、1年毎に交代するそうである。Dr. Kimはフィリピンから勉強に来ていて、戻ったらフィリピンで子どもの疼痛治療チームを立ち上げるのだと言っていた。

このメンバー以外の医師として、麻酔科医、精神科医がいる。コメディカルとしては看護師さんが2人、そしてソーシャルワーカー、プレイスペシャリスト、PT、OT等がいる。

これだけのスタッフがいるが、ただとにかく行っている業務が極めて広範囲に渡っているので、フェローが色んな業務をしているとはいえ、責任者であるDr. Collinsの多忙さは筆舌に尽くしがたいものがある。

「だからこんな風に髪がグレイになっちゃったんだよ。」とJohn(Dr. Collinsのこと)は自分で言っていた。

# by childpal | 2009-03-11 18:44 | Westmead 

急性疼痛の回診 Acute pain round

腫瘍カンファレンスの後は、お昼までの約3時間をAcute pain roundについて回った。

小児がん患児のような慢性疼痛ではなくて、主として手術後の疼痛管理を行うチームのラウンドである。メンバーは急性疼痛チームとでも言うのだろうか、麻酔科医2人と疼痛コントロールのフェローの小児科医、そして専門看護師である。

回診で回るのは、術後でオピオイドをPCAまたはNCA(Nurse controlled analgesia)で使用している患者全員と、難治性疼痛で主治医からコンサルトがあった患者ということで、各病棟を合わせ全部で20人程いた。外科病棟と腫瘍科の病棟が主なコンサルテーション元である。

チーフは麻酔科のDrで、この方はとても紳士的な方であった。静かに根気良く患者さんにもご家族にも変わらない態度で説明をし、自分の意見を提示してもご家族の同意が得られなければ、それを押し通すようなことを決してしない方針のようだった。

それにしても印象的だったのは、術後の疼痛コントロールとして極めて高い頻度でモルヒネのPCAが使用されているということである。腹部の手術後であってもフェンタニルではなくてあくまでも第一選択はモルヒネなのだそうで、副作用がコントロールできないと判断したらフェンタニルへローテーションするとのことだった。また標準的な使用方法が決まっていて、それから外れることはほとんどなかった。

このチームは術後の患者さんだけではなくて、交通事故後の神経損傷による難治性疼痛や、膿胸で胸腔ドレーンを入れている子の疼痛まで、色んな患者さんを診ていた。ケタラールも使用頻度が高く、モルヒネのシリンジに混注して使うことがやはり標準的な方法として確立していた。

神経因性疼痛にはガバペンが第一選択薬だが、急性疼痛にも併用したり掻痒感にも使うそうである(知らなかった!)。いずれにしろ小児でも有用だそうで今後の参考になった。

この回診は毎日行われているということである。経過を知る意味で、研修期間中に何回かは参加しようと思う。


←聖メアリーズ大聖堂とシドニータワーです。

# by childpal | 2009-03-11 17:48 | Westmead 

腫瘍カンファレンス Oncology conferende

研修の2日目は朝8時からの腫瘍カンファレンスへの参加から始まった。

僕がもとは小児がん専門医であって、できれば腫瘍の治療部門のことも知りたいと希望したら、Judyさんがセッティングをしてくれたのである。その朝は緩和ケアチームのフェローであるDr. Amandaという女医さんにカンファレンスの部屋まで連れていってもらった。

少し遅れたので会はもう始まっていたのだが、何とその部屋には40人以上の医療者が集まっていた。そこで入院している患者さんについて一人ずつ簡単に病状が説明され、新たな情報や議論すべきことがあれば話し合われる。病気の種類はもちろん日本とあまり変わらず、白血病の再発や骨肉腫や横紋筋肉腫、脳腫瘍等であった。

カンファレンスは約1時間で終了した。その直後にAmandaが僕を腫瘍科の責任者のDrに紹介してくれた。そしてこの2週間の間に一度時間をとっていただき話を伺えることになった。

腫瘍医としての目ではなく、緩和ケア医として、子ども達の症状緩和についての意見を聞いてみたいと思う。

それにしてもこのカンファレンスに参加していたのは、看護師さんやソーシャルワーカーの方もいたにはいたが、ほとんどは医者(腫瘍チーム、骨髄移植チーム、放射線治療医など)だというのだから、全く驚いてしまう。

# by childpal | 2009-03-11 17:19 | Westmead 

ご家族との面談 Family meeting

研修初日の午後は、入院患者さんのご家族との面談に同席した。

患者さんは4歳の男児で、事故のために無酸素性脳症となり意識の回復が見込めない状態の子である。午前中のラウンド時、ベッドの横にお父様が無念さを抱えた表情のままお子さんの分泌物の吸引をしていた姿があった。その子の今後の方向性と蘇生処置についての面談が午後に行われたのである。

病棟の面談室にまずは関係するスタッフが集まった。担当医、緩和ケアチーム、病棟看護師、ソーシャルワーカー、そしてファミリーカウンセラーの部門の人である。このファミリーカウンセラーの方達が今回の面談では全体をファシリテートしていたのだが、多分それはこの患者さんについては問題が種々複雑であり、より多くの職種の関わりが必要だからなのだろう。いずれにしろ日本にはないシステムだと思う。

ご家族を呼ぶ前にまずは集まった関係者で、病状やご家族の考え、提示することなどを話し合い、その後にご家族が部屋に通された。両親と親族合わせて4人である。まず画像などの結果を踏まえて、担当医から脳の状態について医学的な説明があり、それを受けて今後の療養場所、蘇生処置をするのかどうか、について話が進んだ。

10人以上の医療者に周りを囲まれて日本だったら萎縮してしまう家族が多いと思うが、やっぱり文化の違いなんだろうか、お父様もお母様もご自分の考えをしっかりと言われていた。

結果的には本日は結論はでず(急いで出せる状況でもないし)、また何回か話し合いを継続していくことになって面談は終了した。

合わせて約1時間、これだけの人数が一同に会して面談を行ったのである。確かに療養場所の選択や蘇生処置については多くの関係者がいるところで話しあうべき内容だと思う。でも日本の医療現場では現実的に無理だろうなあ。

# by childpal | 2009-03-11 16:47 | Westmead 

研修の初日 Hospital tour

いよいよウェストミード小児病院での研修が始まった。

とにかく初日ということもあり緊張の度合いがかつてない程に強く、こうしてPCに向かっている今、頭も体も心もすべて疲れ果てている。それでも今日のことだけは書いておこうと思う。

決めていた時刻の列車に乗って、今朝9時前には病院に着いた。受付の女性に「日本から来た医者ですが、Judyさんにお会いしたいのですが、、、」と言ってしばし待っていた。そこへ先週のシンポジウムに参加されていた日本人の看護師さんも丁度来られた。彼女は今日から3日間だけ研修されるとのことで、結局今日からしばらくはこの方と行動を共にするらしいことがわかった。ちなみにこの看護師さんは看護大学の教員で、英語は少なくとも僕よりは堪能である。

5分ほどしてJudyさんが来られた。3階にある彼女のオフィスへ行ってしばらく話をした後、月曜日は打ちあわせがあるとのことで、2階のカフェへ行った。そこにはソーシャルワーカーやプレイスペシャリスト、フェローのDr. Amanda、そしてDr. Collinsが三々五々集まってきた。皆でお茶を飲みながら患者さんの報告や今週の予定を相談した。

午前中は緩和ケアチームがフォローしている入院患者さんを訪室した。4人だけだったが、そのうちの3人は非悪性疾患の子どもで、悪性腫瘍は神経芽細胞腫の一人だけだった。ただその子は家族が眠ってしまっていたので訪室できなかった。つまりフォローしている患者さんのある一定の割合は、ほぼ寝たきりの心身障害のある子ども達ということのようである。

その後のお昼までのわずかな時間、駆け足でJudyさんに連れられて病院内を回った。

Quiet roomやStarlight room等は日本にはまずない施設である。Quiet roomは宗教を問わずご家族が静かに過ごすことができるようにと配慮された部屋で、チャプレンが常にいる。チャプレンはどんな夜中であってもオンコール体制で対応しているとのことである。

外来部門は実に広いスペースを占めていた。Oncology部門を見せていただいたのだが、ここは点滴をしながら過ごす部屋で、具合が悪い子はこちらの部屋のベッドで、処置はここで麻酔科医が来て麻酔をして、こちらがリカバリー、それと隔離が必要な場合はこちらに2室あって、、、、と。

患者さんが遠方から来ていることも多いので、家族が安く宿泊できる部屋も病院内にある。部屋数を聞いたら何と27室!あると言う。その入り口には専属の受付の方もいた。

デイサージェリーの部門、退院を前にした時の体験宿泊の部門、学校等、とにかく考えられるものはすべてある巨大な小児病院であった。

玄関ロビーの周りには、グッズを販売しているショップや食堂、カフェなども沢山。廊下という廊下には子ども達の書いた絵や写真。壁やドアの色合いもカラフルで、部屋によっては壁から天井にもイラストが描かれている。

午後のことはまた別の記事で。

# by childpal | 2009-03-09 18:11 | Westmead 

オリンピックパーク Olympic park

今日はシドニー市内を散策した。

シェラトンをチェックアウトしてから次のホテルにチェックインできるまで時間があったので、まずは王立植物園からミセス・マックォーリー岬という見晴らしのいいことで有名な地点まで足を伸ばした。午前中は天気もよくて、湾の向こうに華麗なオペラハウスの姿が鮮明に見えた。行き来するヨットやレジャーボートが心地よい波の音を響かせる。

サーキュラーキーへ行って食事でもと思って回りを見ると、ちょうどオリンピックパーク行きのフェリーが出航する時間である。この前買ったトラベルパスがあるので、フェリーはただで乗ることができる。オリンピックパークに行きたいわけではなかったけれど、時間つぶしにフェリーに乗るのも気持ちがいいだろうなという気分になった。

フェリーはホバークラフトなので静かだし速い。約30分でオリンピックパークの埠頭に着いた。そこはとにかくだだっ広い公園で、とても歩きでは回れそうにない。結局は埠頭で読書をして次のフェリーを待って、また市内へ戻ったのである。

# by childpal | 2009-03-08 18:21 | Sydney 

スイソテル・シドニー Swissotel Sydney

ホテルを移った。

今日までシドニーで宿泊していたのはシェラトンで、豪華でサービスも申し分ないんだけれど、よくよく計算をし直したらちょっとこのままでは足が出るということがわかった。ということで、少し安いスイソテル・シドニーというホテル(200mぐらいししか離れていない)へ移動した。

豪華さは劣るけれども、それでも部屋は広いしシェラトンよりも見晴らしがいい。角部屋なので2方向から採光がされていて気持ちも開放的になる。インターネットの接続料金もほぼ半額とかなり安い。こちらにも当然フィットネスもプールもある。

ここに少なくとも1週間は滞在する予定とした。


←見晴らしがいいといっても、見えるのはこんな景色です。

# by childpal | 2009-03-08 17:59 | Sydney 

健康状態 Physical condition

オールトラリアへ来てちょうど2週間が経過した。

心配してくれている人がいるかもしれないので書いておくが、健康状態はいたって快調である。時に深く眠れなかったり、ちょっと腹痛があったりもしたが、それはいつも移動をした当日に限られている。つまりメルボルンに着いた夜、バララートに着いた夜、そしてシドニーに着いた夜だけのこと。

腹痛なんて普段の生活ではまずなかったのに、今回の旅について言えば移動の度に変調を感じるとは、僕も神経が細いということなんだろう。後の2週間、とにかく何事もなくいけるといい。いくら自分が医者だからといっても、こちらでは処方できない訳だし。

特に健康のためということでもないが、今日の夕方にはホテルの最上階にあるフィットネス・センターへ行ってきた。日本でも数回しかフィットネスなんて行ったことはないのに。体調をとにかく崩したくないから適度な運動が必要だろうと思って意を決して行ったのである。

始めてのオーストラリアで、それも大都会の一流ホテルのフィットネスに行くのには、結構な緊張感があった。ただ行ってみれば誰も他の人のことなんて見ていなくて、黙々とトレーニングに励んでいるのだから緊張する必要なんか全くなかったのである。

それで気楽にマシンで走っていたら30分も経っていた。こんなに長く走ったのは(何だか情けない話だが)、一体いつ以来だろう?

# by childpal | 2009-03-07 19:38 | Sydney 

ゲイ・パレード Gay Parade

ホテルのロビーショップを覗いたら、日本語が堪能な店員さんがいた。

日本語が話せる中国人なのか、オーストラリアに住んでいる日本人なのかは知らない。イントネーションから判断すると日本人か。顔からは判断がつかない。それはともかくお土産を物色していると、「日本の方ですか? 今日はゲイ・パレードを見に来られたんですか?」と聞いてきた。

ゲイ・パレード?

聞けば今日は隣のハイド・パークでゲイ・パレードなるものがあるらしい。でもそれってわざわざやって来る人がいる程に見て楽しいものなのだろうか? 参加する人達にとっては価値があることなんだろうけれども。

そう言えば今日は街の中に同性同士のカップル?が目立ったような気がした。


←ダーリングハーバーにあるアクアリウム










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ゲイ・パレードをインターネットで調べてみました。「マルディ・グラ」と言うらしい。

マルディ・グラとは ?
 シドニー一帯を巻き込んで華麗に行われるイベント「シドニー・ゲイ&レズビアン・マルディ・グラ」が2月14日〜3月7日、市内各所で開催される。今年のテーマは「Nations United」。世界中のゲイ・コミュニティーの多様性を表現しながら、国や性別を越えたさまざまな人々が国旗を片手に、民族衣装をまとって参加する。

 今回で31回目を迎えるマルディ・グラは、同性愛者の人権を訴える催しだ。今でこそパレードやパーティーなどの華やかなカルチャー・アイコンで知られているが、その始まりは1978年、同性愛者たちが社会的・法的な差別に対してオックスフォード・ストリートで行ったデモ行進(パレード)だった。80年代の宗教団体や警察の反対行動、2001年の米国同時多発テロの影響による観光客の激減など、幾多の危機に遭いながらも確実にサポーターを増やし、毎年恒例のイベントとして世界的に有名に。現在は「ニュー・マルディ・グラ」という新しい団体によって運営されている。

 フェスティバルの目玉であるパレードは、ゲイ・カルチャーの多様性を祝い、世界中のゲイの基本的人権の確立を願って、さまざまな国籍・年齢・性別の人たちがユーモアに富んだ思い思いのコスチュームで練り歩く。カナダの騎馬警官隊から芸者まで、マオリ族の出陣ダンスからタンゴまで、そしてフレンチ・プードルから中国の竜まで、まさに世界がこの夜のパレードでシドニーに集結。日の丸を掲げた日本からの参加者の姿も。見物客は50万人にも上り、その模様はテレビ中継される。

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# by childpal | 2009-03-07 14:16 | Sydney 

オーストラリアの絵本 Australian picture book

近くの本屋へ立ち寄った。「Kinokuniya 紀ノ国屋」だった。

日本からのお土産に何冊か絵本を持ってきたのだが、こちらの絵本も面白いかと思い子どもコーナーへ行ってみた。

英語の絵本はオーストラリアの絵本なのかアメリカやヨーロッパの絵本なのかがわかりくにくいので、内容によっては出版社を確認しなくてはならなかったが、何冊かのオーストラリアの作家の本を購入した。

"My Farm" Alison Lester
"Are we there yet?" Alison Lester
"From Little Things Big Things Grow" Paul Kelly
"The Man Who Loved Boxes" Stephan Michael King
"Aussie Easter" Fair Dinkum

レジに持っていくと、店員のお兄さんがレジを打ちながら、「いい絵本だよ~~」と言う。

こちらの人はいちいち何か言ってくるよね。

# by childpal | 2009-03-07 13:50 | Sydney 

南半球はまだ夏 It's hot today!


今日はとにかく暑い。南半球は晩夏なので暑くても仕方がないが、2週間前の日本と同じ太陽かと疑いたくなるような日差しである。

11時過ぎにホテルを出てダーリングハーバーまで歩き、そこで昼食をとってからどうしようかと考えた。フェリーに乗ってパラマッタかそれともマンリーへ行こうかとも悩んだが、出歩いてばかりでは研修の記録ができない。

と何故か今日はまじめな結論に落ち着いて、午後早い時間にはホテルへ戻ったのである。でも明日はブルーマウンテンズに行こうかな。

# by childpal | 2009-03-07 13:33 | Sydney 

郊外の無人駅 Station in the suburb

昨日の帰りにちょっとした事件があった。

CityRailに乗るのも慣れてきたように感じていたので、帰りに行き先をよく確かめずにホームに止まっていた列車に飛び込んだのである。ウェストミード駅はシドニーのシティからは随分と西に外れているので、シティ方面に行く列車ならどれでもいいだろうと高をくくっていた。

それがである。次の駅のパラマッタまではよかったのだが、その次に停車した駅にどうも見覚えも聞き覚えもない。少し不安になったが、判断はまだ早いと思って余裕でそのまま座っていた。でもその次の駅名もやはり記憶にない。周囲の景色はどこも似たりよったりだから参考にならない。

ようやく確認したほうがよさそうだと思い列車内に掲示してある路線図をみたら、何とパラマッタからは別の路線があって、どうも僕が乗った列車はそちらの路線に入ったようだ。

結局はその次の駅で降りて折り返したので、それほどの時間の浪費はせずに済んだ。



僕が降りた駅は写真のように無人駅で、日本の田舎駅と同じようになかなかに風情がありました。

# by childpal | 2009-03-07 13:21 | Sydney 

小児緩和ケアシンポジウムで At Paediatric Palliative Care Symposium

昨日は朝から夕方までずっとシンポジウムに参加した。

そこで学んだことはまた整理してからここに書こうと思う。何しろ9人のプレゼンターがいて、それぞれに興味深い演題だったので、消化するのにはかなりの時間の復習をしなくてはならない。

昨日はようやく小児病院でこれからお世話になる緩和ケアチームの看護師のJudyさんにも会えた。Dr. Collinsにも挨拶をした。Judyさんに月曜日のことを聞くと、「8時半でも9時でもいいから受付に来たら私を呼んで」、と言う。

なかなかおおらかな国である。というかおおらかな人なのかな。

とにかくJudyさんもDr. Collinsも人懐っこい肌触りの方々で、正直なところかなり安堵感を覚えた。これで週末は心置きなくシドニー生活に没頭できそう。

写真はホテルの向かいに見えるセント・メアリーズ大聖堂。一部を修復中?みたい。

# by childpal | 2009-03-07 12:53 | Westmead 

対岸から望むシドニー Skyscraper

一昨日の午後のことは謝らなくてはなりません。
でも誰に?

午前中のワークショップでは2時間半の間ずっと集中していたので、この上なく疲れてしまった。これでは午後のワークショップには参加しても何も頭に入って来ないという自分に都合のいい評価をし、午後はホテルへ戻ってしばらく休憩した後、フェリーに乗ってシドニー湾の対岸へ向かった。

空は青く澄み風は心地よくそよいでいる。フェリーの甲板に座って海を眺めていると、オぺラハウスとベイブリッジがゆっくりと遠ざかっていく。対岸から望むシドニーの高層ビル群が、海と空の青の中で奇妙な色合いと構造を見せている。

しばらくそんな風景を見ながら、何も考えることのない時間が過ぎていった。


# by childpal | 2009-03-07 08:47 | Sydney 

青年期の子ども達に寄り添う Accompanying adolescents through illness and dying

日々に起きたことをその日のうちに記事にするのは難しい。

一昨日はウェストミード小児病院で行われたワークショップに参加した。会場は小児病院の4階にある教育センターで、ここには100人程度が収容できそうな講義室とその他にセミナー室が2つある。ワークショップはそれらを利用して3つが並行して行われた。

僕が参加したのはAccompanying adolescents through illness and dyingという主題を扱ったもので、司会はギリシャから来られたDr. Danai Papaddatouという女性の心理学者であった。彼女は今はアテネ大学の看護学部で教鞭をとっておられるが、以前は小児病院で働いておられ小児がんの子ども達への心理学的アプローチの経験も豊富な方である。

案内には各ワークショップは15人までに制限すると書いてあったが、このワークショップは人気があって参加者は25人程度いた。男性は僕を含めて2人だけで、この領域はオーストラリアでは女性が支えているようだ。

自己紹介から始まって、後は主には講義形式でワークショップは進んだ。途中の10分の休憩をはさんで2時間半という長丁場だったが、このPapadatouさんは大学で教えておられるということもあって、話はわかりやすく内容もしっかり構成されていて飽きさせない。

主題からは総論を説明してそれで終わり、みたいな流れを予測していたのだが、そうではなくて心理学者としての経験を沢山利用した聴衆をひきつける話であった。具体的にはもちろん最初には青年期の抱える問題という総論の説明から始まったが、その後は実際に彼女が使っているテクニック(主には絵を描いてもらって、それを媒体にして介入していく手法)を提示し、子ども達の絵を供覧しながら彼らの物語を語られた。

講義を聴いているかぎりとても有用な手段のように思ったが、何分僕には経験がない。そのような介入を小児がんの子ども達にしたという話も日本では聞いたことがない。日本の子ども達にも同じようなことができるのか、そして同じように有用なのか、もっと情報を集めてみないと判断できない。

Papadatouさんの書かれている教科書の紹介もあったので読んでみようと思う。まんまと嵌められてしまったということかもしれないが。

# by childpal | 2009-03-07 08:09 | Westmead 

シドニー交響楽団 Sydney Symphony

オペラハウスでシドニー交響楽団のコンサートを聴いた。

指揮はアシュケナージで、プログラムはドボルザークのバイオリン協奏曲とショスタコービッチの交響曲第10番という渋いというか、かなり通好みの演目である。

ドボルザークは作曲家の中で最も好きな一人だけれど、バイオリン協奏曲はほとんど聴いたことがない。ショスタコービッチも有名な5番以外の曲は知らない。このようなプログラムが組まれるのは、シドニーの聴衆は通が多いのか、それともオーストラリアでは人気がある曲なのだろうか。僕がそれでも出かけていったのは、もちろんオペラハウスで聴けるから、という理由からである。

広いホールはほぼ満席である。僕は少し安いオーケストラの裏側の席を取った。こんな位置から聴くのは全く初めてである。でも演奏者との距離がとても近くて、一人一人の緊張感が伝わってくる。ただ楽器の音が聴こえてくる方向が左右逆なので、何だかちょっと変な感じがした。

アシュケナージはいつの間にこんなに年をとってしまったかと思う程の白髪だったけれど、指揮はとても情熱的だった。重厚さとか華麗さはないけれど。

若い女性のバイオリニスト(Janine Jansen)もまた素晴らしい技術と情熱でもってドボルザークを弾ききった。僕としてはドボルザークはもう少し情緒を込めた演奏がよかったけれど。

演奏そのものにはそれ程の感動はなかったけれど、日本で聴くコンサートとは全く違う雰囲気を楽しめた夜だった。

# by childpal | 2009-03-06 22:31 | Sydney 

ウェストミード小児病院 Children's Hospital at Westmead

ウェストミード駅を降りて、交差点を右に折れるとすぐにウェストミード病院の巨大な建物が目に入る。そこから道なりに10分程歩くと左手にややこじんまりした現代的な建築の小児病院がある。

ファックスにあったように正面玄関を入り、左に進んでエレベータに乗って4階へ行くと、そこが今日のワークショップの会場の教育センターである。開始時刻の30分前に着いてしまったが、もう数人の参加者が受付を済ませているようだ。僕の名前と名札も用意されていたので、サインをして名札を胸につけた。

日本人は当然僕だけだろうと思っていたら、その名簿には日本人をおぼしき2人の名前(2人とも女性)があった。オーストラリアまでわざわざ子どもの緩和ケアの勉強に来るのはどんな人だろう。向こうもそう思うかもしれないけれども。

またチャンスをみて話かけてみよう。日本へ戻ってから一緒に何かできるかもしれないし。

# by childpal | 2009-03-05 17:35 | Westmead 

ウェストミードへ Short trip to Westmead

何もかもが初めてではあるのだが、ともかく今日初めてWestmead小児病院へ行ってきた。

ワークショップの開始は10時なのでホテルを9時に出ても間に合う計算だが、何しろ途中でトラブルにあうことなく到着するかどうかわからないので、8時過ぎにはホテルを出た。いつになく今回は慎重な僕。

近くのタウンホール駅まで歩いて5分で着いた。ここは中心街なので駅は地下にある。通勤ラッシュの時間は過ぎているが駅は人でごった返している。まずは昨夜ネットで調べておいたピンクのトラベルパスを自動券売機で購入する(53ドル)。これで1週間は市内の列車、バス、フェリーに自由に乗ることができる。そのパスを使って自動改札を通り、ウェストミード行きの時刻とホームを電光掲示をみて確かめ、そのホームに滑り込んできた列車に乗り込む。こうして約35分で郊外のウェストミード駅に到着したのである。(どうでもいいかもしれないけれど、この列車は2階建てだった。)

こう書くとなんて事はない出来事だが、すべてが初めての僕は緊張のしっぱなしである。緊張感を分かち合う人もいないし。おかげでワークショップが始まる前にすっかり疲れて果ててしまった。実は昨夜もあまり眠れていないもので。

テレビの人気番組の「はじめてのおつかい」みたい? そんなかわいい話ではないか。

まあでも僕は一度経験すれば後はもう大丈夫な性質である。明日からはすっかりオーストラリアの住人のように、通勤の人達に混じっていることだろう。

# by childpal | 2009-03-05 17:18 | Westmead 

明日のワークショップ Paediatric Palliative Care Workshop

明日はWestmead小児病院で開催されるワークショップに参加する。

午前中は「青年期の患者に寄り添う」というテーマの、午後は「チャイルド・ライフ」のワークショップである。どちらも申し込み書に「参加者は15人以内に絞る」、と書いてあったのでなおさら緊張している。それぞれが2時間という長めのプログラムでもあり、英語でのコミュニケーションに苦労しそう。

ただワークショップの内容は非常に重要なテーマでもあるし、是非ここは頑張って参加して多くの成果を得られるようにしたい。

ここまでの研修はとにかく不思議なくらいに順調で、すでに得るものも沢山あった。最も来てよかったと思うのは、オーストラリアという緩和ケアが先行している国で実際に臨床をしている人達と知り合いになれることである。これから日本で子どもの緩和ケアを進めていく上で必ず出会うであろう障害に、この国では実際にどう対処してきたのか、その結果がどうだったのか、を当のご本人達の口から聞くことができるのである。

今回の研修期間中に何を学ぶかは言うに及ばず、日本へ戻ってからどう生かすことができるのか、を考えながら残りの期間を過ごそう。

# by childpal | 2009-03-04 20:24 | Westmead 

オペラハウス Sydney Opera House

10時発のカンタス航空の国内線に乗って、順調に11時過ぎにはシドニー空港に到着した。すぐにホテルへ向かうとさすがにチェックインには早いので、空港ビルの売店でクロワッサンを買って昼食にした。その後タクシーでシェラトンに行ったのだが、シドニーの街はメルボルンよりもさらに都会で、高層ビルがところ狭しと林立していて空が狭い。

田舎育ちの僕には息が詰まりそうな感じである。メルボルンには合わせて5日しかいなかったのに、何だかメルボルンが恋しくなってしまった。

そんなことを言ってもとにかくここで後の2週間と少しを過ごすことになるので早く慣れなければと思い、ホテルでの休憩もそこそこに街へ出かけた。向かう先はもちろんオペラハウスである。

シェラトンからオペラハウスまでは2km弱なので、曇り空で暑くもないし歩くことにした。ゆっくり地図と景色を対比させながら歩くことがその街を知るのには一番手っ取り早いと前々から思っている。右手にハイド・パークや植物園を見ながらしばらく歩くと、眼前にオペラハウスの白いドーム型の屋根が見えた。白いと書いたが実際には結構古くなってきていて褐色がかったくすんだ白である。オペラハウスの左手にはハーバー・ブリッジも姿を見せ、ついに写真でしかみたことのない場所へやってきたんだなあと感慨に浸る。でも曇りということもあって、風景の色合いが全体的に鮮やかさを欠いていた。

オペラハウスへ来たのには目的がある。この週末にシドニー交響楽団をアシュケナージが指揮して、ショスタコービッチの10番を演奏する。それを日本でもし同じようなプログラムがあったとした時の半分ほどの料金で聴ける。それでもし空いてればチケットを手に入れようと思ったのである。

チケット購入窓口にしばらく並んで、いよいよ僕の順番である。窓口の女性に「この金曜日のアシュケナージの・・・」と言うと、英語で以下のようににこやかに言う。

「ああショスタコービッチのね。ありますよ。」
「大人1枚ですね。席はどこにします?こちらだと98ドル、ここのオーケストラの後ろの席なら68ドルですけど。」
「はい、じゃあここの68ドルの席にします。学生証とかはあります?」

まあ学生だと割引になるらしいから決まり文句なんだろう。

「学生証はないんですね。あなたは30歳以下ですか?」

決まり文句かもしれないけれど、それはないだろう。さすがに誰が見ても20代では通らないと思うけど。僕が笑顔で「残念ながら違います。」というと、その窓口嬢が言うことには、

「冗談よ。」

さすがにおおらかで陽気な国オーストラリア。伝統あるオペラハウスのチケットを購入する際も和やかである。その上尋ねもしないのに、「来られる時はカジュアルな格好でいいですよ。」と親切に教えてくれる。何だか、「日本人の旅行者が見栄を張ってコンサートに来るみたいだし、教えてあげたほうがいいかしら」とでも思われているような気がして、それはそれで複雑な気持ち。

ちょっとひねくれ過ぎかな。まだシドニーという大都会に気後れしているんだろう。

# by childpal | 2009-03-04 19:33 | Sydney 

シドニーへ Flight to Sydney

今日はシドニーへの移動日である。

当初は列車で移動することにしていたが、結局は飛行機に変更した。オーストラリアの雄大な景色は堪能したし、シドニーへ早めに着いて明日から通うことになるWestmead小児病院へ下見に行っておこうと思うから。

メルボルンの街にはバララート滞在の前後合わせて5日いたことになる。トラムへも自由に乗り降りできる程に慣れてきたところで残念だが、シドニーこそが今回の研修旅行の主な目的地である。残りの2週間あまりを有意義に過ごせるよう、気を引き締めて行こう。

# by childpal | 2009-03-04 04:37 | Melbourne 

ベリー・スペシャル・キッズの特徴 Very Special Kids

ベリー・スペシャル・キッズはオーストラリアで最初の子どものホスピスでもあり、ネットで検索すれば相当量の情報が入手できる。ここには主として僕の感じたことを中心に書くこととする。

べリー・スペシャル・キッズの特徴はやはり地域から始まったということにあるだろう。そしてその活動の延長線上に、ホスピスという建物が必要になり建設されたという経緯がある。この設立の経緯こそが、ベアー・コテージとの種々の違いの由来である。

利用する子どもの疾患はやはり非悪性腫瘍が多く、小児がんは約30%程である。それも家族サポート、カウンセリングなどを含めての利用者に占める割合である。小児がんでこのホスピスで亡くなる子どもは実際には非常に少なく、ほとんどの小児がんの子どもは自宅か、それとも病院で亡くなる。昨年度は全部で49人が亡くなったが、ホスピスで亡くなった子どもは7人しかいない。中に脳腫瘍の子が1人いたという。

特定の病院との繋がりが強い訳ではなく、複数の病院との連携をうまくとっている。また医者は地域のGPがオン・コール体制で診ているので、状態が変化した時には早めに病院へ連絡をとって搬送しているようだった。

もちろん終末期ケアも行うが、入院の目的はほとんどはレスパイトである。症状マネージメントが複雑な子どものケアは多分ここでは十分にできない。それはここのスタッフ達も重々わかっていて、とにかくレスパイト入院が大切な役割であることを強調していた。

家族サポート部門が非常にしっかりしていることが素晴らしいと思った。親を対象としたキャンプは母親と父親を対象としたものを別に行うなど活発に展開している。もちろん兄弟の支援にも力をいれている。グリーフ・ケアも含めて。

ボランティアの活動が盛んなことも特徴だろう。現在175人が登録されているとのことだが、そのトレーニングプログラムはしっかりと構築されているものである。

ビクトリア州全体をカバーするために、地方に7ヶ所の支部を設けている。支部の活動の中心は家族サポートということである。

個人的な印象であるが、ベリー・スペシャル・キッズとして将来の方向性に迷いがあるように思われた。もう少し医学的な介入も可能な道を模索しているような印象を受けたが、実際に直接そのような質問はしていないのでわからない。



←庭におかれている有名な「ピンクのブタ」達

# by childpal | 2009-03-03 20:58 | Melbourne 

ピンクのブタ Colorful pig

VSKでAndreaさんにお会いした時、僕は初めに自分が何をしてきた医者で、今後はどんな仕事を予定しているのかということを説明した。

自己紹介をすることは当然といえば当然だが、特に今回ははるばる日本から僕が何のためにここへ来たかがわからないと、向こうとしても効率よく説明ができないだろう。そんな話をしている途中で思い出して、日本から持っていったお土産(絵本を2冊と折り紙)をAndreaさんに渡した。

そのお返しという訳でもないのだろうが、受付のところでピンクのブタ(これが資金集めのシンボルになっている)の人形とボールペンをいただいた。これらのグッズ販売もVSKの重要な資金源になっているらしい。

資金集めのことはVSKを知る上で実に重要なことだなのだが、ここを訪れた色んな人が既に書かれているので詳しいことは記さない。ただ専属の担当者が6人もいて、いろんなイベントを行っていて資金はどんどん増えていっているとの話は驚きであった。

この世界的な不況はオーストラリアでも例外ではないはずだが、VSKに集まる資金には影響がないだろうか、と聞いてみたかったが結局聞かなかった。本質的な問題ではないからね。

# by childpal | 2009-03-03 19:39 | Melbourne 

ベリー・スペシャル・キッズ Very Special Kids

今日の午後、ベリー・スペシャル・キッズ(VSK)を訪問した。

午前中はトラムに乗ってまずクイーン・ヴィクトリア・マーケットへ行き、そこのフードコートで早めのお昼を食べながらしばらく予習をした。予めネットからダウンロードしてあったVSKの情報に目を通し、質問する内容を考えて英語でメモしておいたのである。それでもまだ時間があったので、少し歩いて州立図書館へ行き30分程を閲覧室で本を読んでつぶした。僕はやっぱりかなり緊張していたんだろう、なかなか1ヶ所に落ち着いていることができなかったみたいだ。

1時過ぎに図書館のある交差点からトラムの6番に乗っていよいよVSKへ向かった。だが、ここでも判断力が鈍っていたのかあせっていたのか随分と手前の停留所で降りてしまい、結局は次のトラムを待ってまた乗りなおすはめになった。そんなこんなで余分な時間を使ってしまったが、何とか予定に遅れることはなく2時25分にはVSKに到着した。

最初に応対してくれたExecutive ManagerのAndreaさんの英語はとてもわかり易くて、十分に理解できた。不思議なものでそうすると僕も結構言いたいことがすらすらと口から出てくる。突然自分の英語力が上がったのかと錯覚したほどだった。この1時間でAndreaさんから聞きたいこともほぼ聞けたし、情報がぎっしり詰まっているAnual reportも頂いた。ヴィクトリア州で一緒に子どもの緩和ケアをされているというドクターの連絡先も教えてもらった。最後に施設内を案内してもらいながら写真も撮った。

それだけでも十分だったが、次にHospice managerのGailさんからも話を聞くことができた。ただGailさんの英語はとても速くて、正直なところ3分の1程度しか理解できなかった。ずっと集中してAndreaさんと話していて疲れたこともあっただろうけれど。

とにもかくにも約束の1時間半がアッという間に経ち、Gailさんと今週末のシドニーのシンポジウムでまた会う約束をしてVSKを失礼した。

詳しい事はまとめていずれ書こうと思う。ここにはまず写真を何枚かアップしておく。

# by childpal | 2009-03-03 19:11 | Melbourne 

午後の予定 Today's schedule

今日の午後にベリースペシャルキッズ(VSK)という子どものホスピスを訪問する。

VSKはメルボルンの中心街から8km程南東の住宅街にある。メルボルンの北側は比較的貧しい人たちの居住区で、南側は裕福な地域とDavidからは聞いている。グーグルマップでみると周囲は広い敷地を持った邸宅が多いようにみえるが、果たしてVSKはやはりそんな裕福な地区にあるからこそ寄付を多く集められるのだろうか。

今日は色々と聞いてみたいことがあるが、僕の英語力でどこまで迫れるものだろうか。ホテルを出るまでの時間を予習に使おうか。

10日前のバララートへ向かう列車の中のように、また緊張感が僕を包み始めた。

# by childpal | 2009-03-03 07:33 | Melbourne 

干上がった湖 Droughty lake

今朝は静かな雨が道路を濡らしている。

701号室の窓からジョリモント駅が眼下に見えるのだが、通勤の人々の何割かは傘をさしている。皆ではないのは雨といっても小雨だからである。

オーストラリアに来て10日が経つが、雨は今朝で2回目。そして2回ともに多分ほんの数時間の間、路面を湿らす程度の雨が降ったに過ぎない。こちらはずっと水不足が続いているそうだし、bush fireのことを考えてももっと雨が振ればいいと皆が望んでいるようだが。

でも旅行者の僕にとっては雨はありがたくない。ただでさえ慣れない街を1人で移動するのだから(特に公共交通機関には慣れない)、傘をできれば使わずに歩きたいものだ。

雨といえばオーストラリアではこの数年来雨が少なくなってきていて、バララートのあの美しい湖(Google Mapで見て楽しみにしていた!)は完全に干上がっていた。そこにあったのはだだっ広い陥没した草原だった。湖(の跡)の周囲に点在している、景色を売り物にしていたのであろうモーテルの建物がどこか寂しい空気をかもし出していると感じるのは僕だけではないだろう。

「ここからは何年か前まで美しい湖が見られたのよ。」とかつての湖畔の邸宅に在宅診療に訪れた際、高齢の上品な奥様は残念そうに僕に言ったものだ。



←かつてここは美しい湖だった場所

# by childpal | 2009-03-03 07:01 | Melbourne 

グレートオーシャンロード Great Ocean Road

昨日は半日かけてグレートオーシャンロードへディツアーに行った。

日本での観光の経験からすると、美しい写真を見て期待して行くと、実際の光景にがっかりするということが常である。そんなこともあろうかと実はあまり期待せずに参加したのだけれど。

いや、そこはさすがにオセアニア大陸だった!

詳しいことは書かない。今回は観光に来た訳ではないのだから。写真を見てもらえばと思うが、素人の僕が携帯で撮ってもこんな風景が撮れる程の、そこは地球の壮大な自然が悠久の時を経て形成した絶景だった。

# by childpal | 2009-03-02 21:30 | Melbourne 

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